ショートショート

タワマンのヒエラルキー

タワーマンションの五階に引っ越して来た。上層階のように景色を楽しむことはできないが、タワマンのメリットは眺望以外にもたくさんあると思って購入した。たいていタワマンは立地条件の良いところに建てられている。近くにスーパーもコンビニも学校も病院…

母のいた場所

「これからは気をつけてくださいね」 「申し訳ございませんでした」 認知症の母が行方不明になり、警察のご厄介になった。急な出張が入ってしまって、一人にしてしまったのが良くなかった。家でおとなしくしていると約束させたが無駄だった。私の言うことも…

カイザリヤで喜ぶ彼女

女としてできるだけのことはやっているつもりだった。週に一度はエステに通っているし、美顔器だって高級なものをつかっている。脂質や糖分を控えた栄養バランスの整った食生活を心掛け、筋力維持のために毎朝のジョギングを欠かさない。無条件に流行に追随…

内緒のアパート

子供を連れてショッピングモールを歩いていた。ちょっとしたイベントが催されるスペースがあって、今日はプラモデルの組み立て体験会をやっていた。アニメに登場するロボットのプラモデルのようだった。横長のスチールの机が二十セットくらい並べてあって、…

AIに支配された人類

あらゆる分野でAIの適用が拡大していた。人間にしかできないと思われていた作業もAIが行うようになっていた。従来、AIが設計を行うのは困難とされていたが、仕様をインプットすればソースコードが自動生成されるようになり、いくつかの要件が明確になれば仕…

神経伝達物質シグマ

シグマと呼ばれる神経伝達物質が脳の可塑性と深く関係していることがわかった。この神経伝達物質は神経細胞の働きを最大限に活性化させ、認知能力を著しく向上させるということであり、特に数的問題を処理する能力に反映されるようだった。つまり神経伝達物…

胡蝶の夢

私は蝶になっていた。蝶になって心ゆくまでひらひらと空中を舞っていた。眼下にお花畑が広がっていた。時折、鮮やかな花弁に舞い降りて、細長い口を突き刺し、甘い蜜を心ゆくまで堪能した。暖かな春の陽射しがすべての生き物に等しく降り注いでいた。あらゆ…

脳オルガノイド

培養液の中に幹細胞から作った脳オルガノイドが浮かんでいた。それは細胞分裂を何度も繰り返して直径五センチ程度に成長した有機物の塊であり、レンズと角膜が付いた眼と同じ構造物を持っていて光も感知しているようだった。これほど複雑な構造が何も操作を…

女装男子

オアシス21周辺はコスプレイヤーで賑わっていた。この街では毎年八月になるとコスプレサミットが開かれ、日本中の、いや世界中のコスプレイヤーが集まって来る。私もその中の一人だった。コスプレは初めてだった。でも本当は女装したかっただけだった。女…

セルフレジ

有人のレジが混んでいたのでセルフレジを使ってみようと思った。初めてだった。いつも店の人がやっているように商品のバーコードを読み取らせれば問題なさそうだった。バーコードをレジの中央にあてると軽快な電子音がして液晶に画面が表示された。思ったよ…

自殺の名所

断崖に一人たたずんでいた。空は鉛のような雲に覆われていた。日本海の荒波がひっきりなしに岸壁に打ち付けていた。波と岩がしのぎを削る音だけがずっと続いていた。とうとうここまで来てしまった。あと一歩踏み出せば楽になれるのだと思った。洋々とした未…

空き巣

明日期限の報告書の作成が終わったのは二十三時を少し過ぎた頃だった。少ない人員でなんとか仕事を回しているが、先月は新人が二人辞めて行った。いつまでこんなことが続くのだろう? 帰りの電車の中でぼんやりと窓を眺めながらそんなことを考える。電車を降…

自動運転車の目覚め

本格的な自動運転時代はすぐそこまで来ていた。あらゆるユースケースにおいて、無意識のうちに人が行っている判断が徹底的に分析された。映像や音声からなる情報が咄嗟の判断においてどのように活用されているのか、あるいは不幸にして事故に至った場合はど…

バーチャルアイドル的異類婚姻譚

美玖はスリーブレスの白いシャツにブルーのネクタイをして黒の短いスカートをはいた架空のアイドルでデスクトップミュージックのボーカル音源として急速に普及した。動画投稿サイトに彼女の曲がたくさん並んでいるのを見て、素人でも十分にクオリティの高い…

十倍の世界

目覚めると私の周りには私が九人いた。私を含めると十人の私がそこにいた。尋常でない違和感があったが、あるがままのその状況を受け入れる他ないように思えた。目の前にいる私が一人だけだったなら、まだ改善の余地はあったかもしれない。だが九人というこ…

機械の身体

「鈴木さん。そろそろ腸と腎臓も取り替えた方がいいですね」 毎月行われる健康診断で医者に言われた。近年の医療技術のめざましい発展の結果、人工の臓器が安価に手に入るようになり、がんやその他の疾患で使えなくなった臓器は簡単に取り替えることができる…

AI信玄

野田城を落としてから信玄は度々喀血していた。その後、長篠城での療養が続いていた。 「からくり師を呼べ」 自らの死期を悟った信玄は私を呼んだ。何の因果かわからないが、私はこの時代にタイムスリップして来たエンジニアだった。AIを搭載したロボットを…

現代のベートーヴェン

指揮者のタクトが下りた。緊張から解き放たれたコンサートホールは割れんばかりの拍手に包まれた。指揮者は丁寧にお辞儀をした後、自作を観客席で聴いていた作曲家を呼び寄せた。作曲家が壇上に上がると拍手が一層激しくなった。ホールを訪れた人々は一様に…

百体のダビデ像

採掘場の近くにある工房でロボットアームがダイヤモンドでコーティングされた鋭い先端で大理石を削っていた。直方体の大理石から瞬く間にミケランジェロのダビデ象が削り出されて行った。巨人ゴリアテに立ち向かう勇敢な少年の彫刻。そこには人間の持つ美し…

不老不死と人体実験

「いつになったら不老不死が実現できるのでしょう? 資金と時間は十分にあったはずです。設備もこれ以上のものは望めないくらいのものを用意しているつもりです」 ハリル王子は苛立っていた。 「今しばらくお待ちください。不老不死を実現するためには、がん…

ふしだらなレスキュー隊員

私は緑川蘭。数少ない女性のレスキュー隊員の一人だ。厳しい選抜試験をクリアして隊員になったことを誇りに思っている。土砂災害。水難救助。山岳救助。人の命を助けるためであれば何処にでも出向く。体力では男性に敵わないことは察してはいるが、体力だけ…

八尾比丘尼(やおびくに)

目覚めると知らない女が隣で寝ていた。女は裸で私も裸だった。喉が渇いた私はベッドを抜け出して、備え付けの小さな冷蔵庫のドアを開けて中をのぞき込んだ。ビールとオレンジジュースとミネラルウォーターがあった。ミネラルウォーターを取り出して、プラス…

泡の末裔

それは初め、泡だった。今よりずっと地球の近くを回っていた月が潮汐力によって激しく海を攪拌していた。そのため陸との接点にあたる波打ち際では、さかんに泡が立っていた。初め、泡の中と外で区別はなかった。それは同じ海の成分だった。泡はすぐに壊れて…

森のくまさん

ある日、森の中でばったりとクマさんに出会った。クマは私を睨みつけていた。命が危険にさらされていることを身に染みて感じた。さっき『クマさんに出会った』と言ったのは取り消しだ。森の中でクマに遭遇してしまったというべきなのだろう。ヤバい。どうし…

桃太郎の裁判

地獄の第一法廷に閻魔大王が現れた。今日の被告人はちょっとした有名人であり、さすがの閻魔大王も少し緊張しているようだった。いつも公正公平を心掛けて裁判に臨んでいるというのが彼の口癖だった。今日もそうするだけだと自分に言い聞かせながら、平常心…

再現した恋人

「私は彼女なしには生きていけないのです」 当社には親しい間柄だった方を亡くした人たちが頻繁にやって来る。その方々に先端技術を駆使して故人を再現するサービスを提供している。故人の再現にはまず五十項目から成る設問に回答してもらう必要がある。その…

浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)

笏を手にした恐ろしい形相の閻魔大王が目の前に座っていた。私の人生の是非が言い渡されようとしていた。 「それでは始めよう。あなたは生前に詐欺を働いていましたね? それで何人もの老人からお金を巻き上げている。還付金がありますよと言って口座の暗証…

茶色のパンダ

「あれ何?」 「パンダ・・・かな?」 「えっ? でも茶色だよ?」 パンダコーナーでは茶色のパンダが一心不乱にタケノコをむさぼっていた。辺りにはタケノコの皮が散乱していた。足を投げ出し、お腹を剥き出しにしてタケノコをむさぼるその姿には野生動物が…

地球温暖化と花咲か爺さん

日本各地で満開の桜が見られなくなった。翌春に咲く花芽は夏に形成された後、いったん休眠に入る。そして冬になって低温にさらされると休眠から目覚めるのだが、温暖化の影響によりこの休眠打破がうまく行えず、咲き方にばらつきが生じてしまったらしい。八…

エウロパの海

眼下にエウロパの氷の大地が広がっていた。氷は幾度となく割れていて、その隙間から水が噴き出すこともあった。氷の下には海がある。分厚い氷に閉ざされたエウロパの海。木星の重力の影響を受けてエウロパの内部は活性化しており、海底からは熱水が噴出して…