浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)

 笏を手にした恐ろしい形相の閻魔大王が目の前に座っていた。私の人生の是非が言い渡されようとしていた。

「それでは始めよう。あなたは生前に詐欺を働いていましたね? それで何人もの老人からお金を巻き上げている。還付金がありますよと言って口座の暗証番号を聞き出し、有り金すべてを引き出して自分のものにしていた。間違いありませんね?」

老人の電話番号が書かれたリストを高い金を払って入手した。片っ端から電話して、引っ掛かった奴らから回収した。投資した金と自分の費やした労力に対して相応の報酬を手にしたというだけのことだ。私一人だけがいい思いをしたというのではない。それにこんなことで騙される人間の方がどうかしている。どうせ老い先短いのだから、これから生きて行かなければならない人間の役に立った方が良いというものだ。

「私がやったんじゃないですよ」

そんなに悪いことをしたとは思っていないので、ついそう言ってしまった。

「じゃあ誰がやったのでしょうね?」

「そんなこと知りませんよ」

容疑を否認する罪人には慣れているらしく、閻魔大王は余裕の表情をしていた。

「私は浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)を持っています。あなたが生前に行ったことはすべてこの鏡に映し出されます。あなたが老人に電話をかけている姿も、聞き出した暗証番号を使って預金を引き出す様子も映し出されています。これでも罪を認めませんか?」

その鏡にはかつての私の行為がそのままに映し出されていた。

「それ、フェイクじゃないですか?」

私は突っぱねることにした。どうせ有罪になって地獄へ堕とされるのなら、できるだけ抵抗してみようと考えた。私を有罪にする決め手の映像が本物だと証明できないのなら、あるいは無罪になって天国に行けるかもしれない。

「フェイクじゃないですよ」

「フェイクじゃないことをどうやって証明できるのですか?」

私は閻魔大王に言った。本物の画像とフェイク画像は見た感じでは区別がつかない。人々はすぐに騙されてしまう。ちょっと前までは録画された映像は決定的な証拠になり得たが、技術が進歩しすぎて今では証拠としての価値を失くしてしまっている。

「これがフェイク画像だったとしたら、マイクロンソフトのツールを使って合成した画像と元の画像の境界を検出することができます。ソフトウェアが人間には判別できない微妙な濃淡の違いを検出するのです。ですからツールが境界を検出できないのであれば本物ということになります」

「マイクロンソフト・・・」

閻魔大王からそんな説明を聞くとは思わなかった。こんなところに先端技術に精通している連中がいるとは思わなかった。

「それにコンテンツ作成者が添付するハッシュ値や証明書もメタデータの一部として含まれています。どう考えてもこれは本物です」

ハッシュ値・・・」

ハッシュ関数を使って元のデータを決まった長さの文字列に変換した値です。データの改ざんを防ぐために使います」

閻魔大王はご丁寧にも私にハッシュ値の説明をしてくれた。

「そうですか。わかりました。その画像は本物ですね・・・」

私は観念して言った。だが一つ気になることがあった。コンテンツ作成者? コンテンツ作成者っていったい誰のことなのだ?

「まだ聞きたいことがあるようですね?」

閻魔大王はゆっくりと諭すように言った。私は彼の言葉を待っていた。

「コンテンツ作成者はいったい誰なのか、あなたは知りたがっています」

私は頷いた。

「あなたは誰か知っています」

そうか、やはりそうだったのだ。

「コンテンツ作成者はあなた自身です。あなたの良心と言い換えても良いでしょう。あなたの良心が、あなた自身を裁くために用意したものなのです」

閻魔大王は言った。私は犯罪に手を染めた時からずっと、自ら地獄行きを望んでいたようだった。