AI信玄

 野田城を落としてから信玄は度々喀血していた。その後、長篠城での療養が続いていた。

「からくり師を呼べ」

自らの死期を悟った信玄は私を呼んだ。何の因果かわからないが、私はこの時代にタイムスリップして来たエンジニアだった。AIを搭載したロボットを専門に扱っていた。「時をかける少女」の熱狂的なファンだったが、それがタイムスリップの原因かどうかは定かではなかった。いずれにせよ、人間そっくりのからくりを扱う希少な人材として信玄に召し抱えられていた。

「わしの命はもうまもなく尽きる。別に命は惜しくはない。だが武田の行く末が心配でならない。わが軍団は戦国最強とも言われているが、栄枯盛衰が戦国の世の習いだ。すでに新勢力が台頭して来ている。特に尾張の織田と三河の徳川は油断ならない」

信玄は言った。医療技術の発達した時代であったなら、すぐ適切な治療を受けることができただろう。だがこの時代にあっては病に侵されて死ぬのを待つだけだった。戦国最強と恐れられた武田信玄も病には勝てなかった。そして凡庸な跡継ぎが家督を相続した武田氏は、この先、織田徳川連合軍に完膚なまでに叩き潰されてしまうのだ。

「わしの死を知れば、織田も徳川も越後の上杉も、わが領土を掠め取ろうと押し寄せてくるだろう」

信玄はこの先、起こる出来事を予見していた。私は信玄に同情していた。

「そこで影武者を用意しようと考えている。余の死は三年間秘密にせよと皆に申しておる」

その話は映画で見たような気がする。影武者として生きた男の壮絶な人生だったかな?

「お主には、その影武者を作ってもらいたい」

「えっ?」

信玄はあきらめてはいなかった。死ぬ間際に最善の策を考えていた。信玄が生きている振りをするだけの影武者ではなく、信玄に匹敵する影武者を作ろうと考えているようだった。私は身震いした。信玄のこれまでの戦歴をデータベースにしてAIに内蔵する。信玄だけでなく他の戦国大名の戦歴も戦略もすべて取り込む。そうすれば史上最強の武将AI信玄が誕生することになるかもしれない。

「わしの最後の願いじゃ。よろしく頼む」

「おまかせください」

私は最強の影武者を作ることを信玄に誓った。その夜、戦国最強の武将と謳われた武田信玄は世を去った。

 

 信玄の死は伏せられていたが、彼の死の前後の武田軍の不可解な行動から、諸国の戦国大名たちはその死を察知していたようだった。秘匿されていた信玄の死を疑い、武田を離反し徳川に寝返る武将もいた。そんな状況の中、三河遠江では徳川との小競り合いが続いていた。天正三年五月、わが武田軍一万五千は徳川に奪われた長篠城を包囲した。長篠城を守備するのはわずか五百の手勢であったが、徳川軍八千と織田軍三万が長篠城に向けて進軍していた。織田徳川連合軍との全面衝突は避けられない状況となっていた。この戦いで織田徳川連合軍は新しく組織した鉄砲隊でわが武田騎馬隊を圧倒するはずであった。

 だが武田軍には私の設計したAI信玄がいた。AI信玄は収集した情報を分析して織田徳川連合軍の戦略を見破っていた。騎馬隊を陽動とした戦略を立案し、織田軍の虎の子の鉄砲隊を殲滅することに成功した。そして敵本陣に果敢に攻撃を仕掛けた。織田徳川連合軍は総崩れとなり我先にと敗走を始めた。

「信長を討ち取ったぞー!」

それから一時間後、騎馬隊から報告があった。敵の総大将を打ち取るという我が軍の圧倒的な勝利だった。

 

 長篠で大勝利したわが軍は破竹の勢いで織田氏の居城清州城に迫った。信長を失った織田などあっという間に粉砕できると考えていたが、攻城戦は思いのほか長引いていた。

「いったいどういうことだ?」

私は前線から帰還した兵に聞いた。

「信長は生きているという噂です。西洋風の甲冑を身にまとい、魔王の如く縦横無尽に戦場を駆け回る信長の姿を見たという者がたくさんおります。殺しても死なない魔王がいるということで兵たちが怖気づいています」

そんなことがあり得るのだろうか? 私は自問していた。

 その頃、清洲城では信長の後を継いだAI信長が新たな戦略を練っていた。AI信長は、明晰な頭脳に加えて先端のロボティクスを駆使した屈強なボディを有していた。「時をかける少女」のファンは織田側にもタイムスリップしていたようだった。