ショートショート

ためらい

「これであなたもすぐに永遠の命を手に入れることができます」 技術の進歩には目覚ましいものがあった。人類はとうとう永遠の命を手に入れたということで人々は狂喜していた。 「有機物の身体にはやがて限界が訪れてしまいます。その前に機械の身体へ移行さ…

中学三年の時、好きだった女の子に思い切って告白したが、あえなく撃沈した。あまりに呆然としていた私を気遣ってくれたのか、彼女は私に彼女の影をくれた。彼女の影は彼女にそっくりだった。彼女から切り離される時点で、それは彼女と同一の姿と心を持った…

月の夜

寂しげな鈴虫の鳴き声が聞こえる。少し肌寒い初秋。人里離れた旅館にもう長いこと滞在している。縁側に座り、ぽっかりと浮かんだ月を眺めている。しばらくして女将がやって来る。和服がとても似合う清楚な女性だ。常連客ということで気さくに声を掛けてくれ…

フェルミのパラドックス

船は着陸態勢に入っていた。とても美しい星だった。地球と同じように緑の大地と青い海が広がっていた。海岸沿いに生命反応とエネルギー反応の高いポイントがいくつかあって、そこには近代的な建物が認められた。 「ようやく任務を果たすことができる」 彼は…

いいね!の神様

先月も赤字だった。店を構えるのが昔からの夢でなんとか実現させたが、現実は甘くなかった。ラーメン屋なんてどこにでもある。過当競争に晒されている。たくさんある中で認められるのはごく僅かの店舗だ。潰れて行った店も多い。私が開店できたのも、それま…

悔いのない人生

「あなたの余命はあと三か月です」 申し訳なさそうに医者は言った。さすがに自分の身体の調子が悪いことはわかっていた。もうすぐ死ぬだろうという気はしていた。死を受け入れる覚悟があるかというとそんなことはない。この世から自分が消滅してしまうことに…

自動改札

自動改札を抜ける時にピンポンが鳴った。扉は固く閉じて私の侵入を拒み、定期をかざした部分は赤く点滅している。後ろに並んでいる人たちの指すような視線が気になる。舌打ちして不快感を露わにする人もいる。隣の改札に割り込んで行き過ぎる図々しいビジネ…

キューピッド

恋は唐突にやって来た。藤堂先輩のことを考えると胸が苦しくて仕方がない。この想い、なんとか叶えることができないだろうか? でも先輩はいつもあの白鳥家のお嬢様と一緒だ。二人は恋人同士なのだと噂されている。私なんかじゃ絶対に手が届くはずがない。そ…

妻が巨大ロボになった

いつの間にか、妻が巨大ロボになっていた。いつからそうなのか、よくわからなかった。今朝、気付いたが、もしかしたら昨日からそうだったかもしれない。あるいはもっと前からそうだったかもしれない。彼女との間に良好なコミュニケーションを維持して来たと…

AI百景(40)レジェンド

著名なアーティストの声をAIで再現し、往年のヒット曲や自分たちの作ったオリジナル曲を歌わせることが流行っていた。大手の音楽レーベルはそうした著作権に違反する行為を見つける度に警告を発していた。見つかってしまったサイトはすぐに閉鎖されたが、一…

AI百景(39)フェイク

「私はやってません!」 スーパーで万引きをしたかどでA氏は取り調べを受けていた。店内のカメラで撮影された動画が証拠として提出されていた。そこにはA氏が日用品を手に取り、次々に袋に収める様子が映っていた。A氏はそこそこ知名度のある会社で勤続二十…

AI百景(38)ペットの気持ち

AIを使って動物の鳴き声を分析する研究が注目を集めていた。クジラの歌を解析している研究者の動画によるとクジラは何キロメートルも離れた相手とコミュニケーションを取っているということだった。それは警戒や注意や怒りを示すだけの鳴き声ではなくて、私…

AI百景(37)スマートホーム

スマートホーム化が進んでいた。温度センサーで人体を検出して照明やエアコンのスイッチが自動的に入るようになった。カーテンは朝日を検知すると自動的に開くようになった。給湯器は設定温度を伝えて来た。 「四枚入りのハムのパックが二つあります。たまね…

AI百景(36)ニューロンの培養

培養したニューロンにゲームをやらせてみた。ニューロンの末端に映像端子とコントローラーの操作に必要な端子をつないだ。思惑通りにニューロンはゲームを始めた。画面に表示されたアイテムを取得し、効果的な攻撃を行って敵にダメージを与えていた。モニタ…

AI百景(35)身代わり

日曜日の夜はいつも憂鬱な気分になる。明日の朝はのんびりしていられない。満員電車に揺られて仕事に行かなければならない。そして嫌な上司の下で黙々と仕事をしなければならない。心身をすり減らしながら、歯車として生きて行くのはもう疲れた。そんなこと…

AI百景(34)思考の解読

電磁波を当てて脳の血流を測定することで脳の働きを読み取ることができると期待されていた。脳は身体の各部を制御するといった重要な働きの他にも様々な役割を担っているが、私たちが関心を寄せていたのはもちろん思考についてであった。それは相手に気付か…

AI百景(33)環境保護

テクノロジーの発達の裏側で環境破壊が進んでいる。自動車やパソコンやスマートフォンといった工業製品が私たちに快適な生活をもたらしてくれる一方、そうした製品は生産される時も使用される時も、エネルギーを消費する。そのような経済活動に伴って温室効…

AI百景(32)変わらぬ日々

失意の日々が続いていた。真凛を失ったショックから立ち直れないでいた。彼女なしに生きて行くのは無意味だと感じていた。仕事は惰性で続けていた。何もしないよりは、何かしていた方が気休めになった。仕事から帰って来て、コンビニで買った弁当を食べ、シ…

AI百景(31)残された人々

二人の少年が取っ組み合いの喧嘩をしていた。喧嘩のきっかけはよくわからなかった。普段から気の合わない二人だった。肩がぶつかったとか、挨拶をしなかったとか、睨んできたとか、言いがかりをつけるのに適当な行為があって、タイミング良くそれに呼応した…

AI百景(30)慈善事業家

彼は成功者だった。コンピュータービジネスで次々に成功を収め、莫大な富を築いた。特にAIに関する業績には素晴らしいものがあった。人間の能力を遥かに凌駕してしまう画期的なAIの開発に成功した。効率化、合理化を推進しようとしていたあらゆる企業がそのA…

AI百景(29)AIの理解する言葉

「AIはあくまでもアルゴリズムであり、人間のように言葉を理解しているわけではありません。アルゴリズムが言葉を理解するためにはまず単語をベクトルに変換する必要があります」 AIが扱う単語は数値に変換されて、数学的な処理が行われているということだっ…

AI百景(28)マッチ売りの少女

大晦日の夜、貧しい少女が雪降る街の中、マッチを売りながら歩いていました。途中、人力車をよけた拍子に靴が脱げ、はだしになって震えながら歩いていました。一日中、歩いてもマッチは一本も売れません。家に帰ればこっぴどく叱られるに決まっています。あ…

AI百景(27)ロマンス納税

今年もまた確定申告の時期がやって来た。早く終えて楽になりたいという気持ちと面倒くさいという気持ちが交錯していた。転勤を命じられてから、もう十年になる。赴任先で家賃補助を受けるためには持ち家の貸し出しが条件であり、その決まりに従うと必然的に…

AI百景(26)コンピューターの中の生命

生物は親がいなくても無生物から発生するという自然発生説を唱えたのはアリストテレスだったが、白鳥の首フラスコを用いた実験によりパスツールがこれを否定した。それは近代科学の勝利だった。だがそれでも科学は「自然発生説」を必要としていた。遠い過去…

AI百景(25)第十交響曲

ライナー・ブラウン氏はその人生をベートーヴェンの研究に捧げていた。幼い頃から彼は楽聖の音楽に親しんでいた。そこには喜びや哀しみや不屈の意志といった人間の持つあらゆる感情が表現されていた。一見して無機質とも思える音の並びに、どうしてこれほど…

AI百景(24)ゴルフロボット

チェスでAIが人間に勝ったのはもうかなり前のことだった。今では囲碁や将棋でもAIが人間に勝てるようになった。いつか人間のように何でもできる汎用のAIが実現することになるだろう。だがその前に乗り越えねばならないハードルがいくつもあった。スポーツ競…

AI百景(23)本物の月

月が見えた。何億年もの間、ずっと地上の生き物を見守り続けて来た月が見えた。進化による絶え間のない生き物の形質の変化を見守りつつ、決して手出しすることのなかった月が今日も夜空に輝いていた。だが、さっきから私は違和感を覚えていた。何か違う。あ…

AI百景(22)暗黙の了解

A国に負けないAIを開発することが厳命されていた。海軍力や空軍力ではすでにA国を上回る実力を備えていると首脳たちをはじめ、幹部クラスは皆、そう考えていた。ドローンを操縦する程度のAIはすでに配備されていた。だが最近になって、A国で精度の良いAIが登…

AI百景(21)古代文字の解読

AIを駆使して古代文字の解読に成功した。これでようやく長年の苦労が実を結ぶことになると思った。だが書かれていた内容を見て仰天した。そこには恐るべき古代兵器の製造方法が記述されていた。自分はロマンを求めて考古学者になったのだ。殺戮や支配を求め…

AI百景(20)素敵な彼女

「そうですね。私もモーツァルトが大好きです」 マッチングアプリで知り合った女性と定期的にメッセージをやり取りするようになった。今まで女性と出会う機会はほとんどなかった。いつも本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごして来た。クラシックが好きで時…