桃太郎の裁判

 地獄の第一法廷に閻魔大王が現れた。今日の被告人はちょっとした有名人であり、さすがの閻魔大王も少し緊張しているようだった。いつも公正公平を心掛けて裁判に臨んでいるというのが彼の口癖だった。今日もそうするだけだと自分に言い聞かせながら、平常心を保とうとしているようだった。やがて看守が被告人を連れて来た。

「被告人『桃太郎』を連れて参りました」

「被告人は着席して下さい」

羽織袴で正装した桃太郎が被告人席に座った。

「では始めましょう」

閻魔大王の言葉に続き、検事が罪状を読み上げた。

「被告、桃太郎は酔って無抵抗の鬼たちを猿、雉、犬と共謀し、殺戮しました。加えて鬼たちが代々の資産として保有して来た金銀財宝を略奪したということです」

一同がざわめいた。世間で鬼退治と呼ばれているアレは単なる殺戮行為、略奪行為に過ぎなかったのか? 英雄と呼ばれているこの男は、ただの犯罪者だったのか? 不信の目が桃太郎に注がれた。検事の後ろには証人として呼ばれた鬼たちがいた。片腕を失った者、片目を失った者、傷を負っていない者は一人としていなかった。一同はその痛ましい姿から犯行現場の凄惨な状況を思い浮かべた。おのれ、桃太郎。許せん!

「被告人は罪を認めますか?」

閻魔大王が問い掛けた。桃太郎は黙秘していた。

「証人を呼んでいます。発言をお許しください」

検事が言った。哀れな鬼たちの様子を見る限り、桃太郎の有罪は揺るがないと思われた。ここで証人を呼ぶ必要はあるのだろうかと一同は考えた。検事の後ろには桃太郎の育ての親であるお爺さんが立っていた。

「発言を許可します」

厳かに閻魔大王が言った。するとお爺さんがおずおずと話し始めた。

「私は見てしまったのです」

お爺さんはR18指定のない小説では書くことの許されていない極めて破廉恥なシーンを語り始めた。お爺さんが涙ながらに訴えるところによれば、あろうことか桃太郎はお婆さんと不倫していたということだった。鬼ヶ島で暴虐の限りを尽くしたかと思えば、自らの欲望の赴くままに恩人でさえ裏切る。もはや人ではない。卑怯なり、桃太郎!

お爺さんのあまりにショッキングな証言により、法廷は沈黙していた。もはや桃太郎の味方は一人もいないと思われた。

「こちらも証人を呼んでいます」

桃太郎の弁護人が言った。こんなウンコ野郎の味方をする奴がいるのかと一同は思った。弁護人の後ろには漁師のような恰好をしたあの人とまさかりをかついだあの人が立っていた。

「桃太郎のやったことは許されることではありません。しかしながら彼もまた被害者なのです。どうか罪を軽減してはもらえないでしょうか?」

浦島太郎は言った。隣に立つ金太郎もうなずいていた。こいつらいったい何しに来たのだろうと一同は思った。桃太郎が有罪になると次は自分たちがヤバいと考えたのだろうか? 竜宮城で放蕩の限りを尽くした男と毎日クマにハラスメントしていた男のことだ。やましいことはいっぱいあるに違いない。

「被害者というのは具体的にどういうことなのでしょうか?」

検事はすかさず質問した。

「桃太郎は明治時代になってから富国強兵のスローガンに利用されて来たのです。日の丸のハチマキに陣羽織という姿は明治時代以降の創作なのです。猿、雉、犬も元々ただの仲間であって上下関係はありませんでした。彼は周辺国侵略の先鋒として国家に利用されていただけなのです」

浦島太郎は涙ながらに訴えた。そうだったのか? ネットを検索していると時折、見かけるあのイカレタ装束はその時代の名残だったのか? 法廷は同情で満たされた。仕方がない、もう許してやろう。そんな空気が流れていた。

「たとえ国家の指示であっても、国語の教科書や唱歌によって彼が日本国民を侵略戦争に導いたのは事実です。許すべからざることです。鬼畜米英の掛け声の下に私たちの同胞が何人も殺されました」

証人が言った。どこの証人だろう? 鬼畜米英? 鬼が退治されたのではなかったっけ? 鬼は米英のことだっけ? 桃太郎は戦争犯罪人なのか? 法廷は混乱していた。

「あなたは誰ですか? 勝手な発言はやめてください」

閻魔大王が言った。

「私は占領軍総司令官マッカーサーです。日本を正しい国に導く使命を負って、ここに立っています」

「そんなことより、傷を負った鬼たちに見舞金をお願いします。彼らはこれからどうやって暮らしていったら良いのでしょう?」

「ワシのばあさんを返してくれ。やつがすべてをぶち壊しよった・・・」

「皆さん、落ち着いてください。まもなく厳粛な裁きが下ります。どうか落ち着いてください」

古今東西の有名人が入り乱れ、地獄の第一法廷は収拾がつかなくなっていた。マッカーサー元帥は鬼のような形相をしていた。まさかりを担いだ金太郎は臨戦態勢に入っていた。

「それでは判決を言い渡します」

相次ぐ有名人の登場にすっかり存在感を失くしていた閻魔大王が言った。その時、轟音と共に法廷の天井が突き破られ、巨大なモモが落ちて来た。モモは二つに割れ、中から武装した猿、雉、犬が飛び出し、瞬時に法廷を制圧した。状況を確認した桃太郎は薄ら笑いを浮かべながら悠々とモモに乗り込み、猿、雉、犬が続いた。割れていたモモは閉じられ、空中に浮かび、破れた天井を抜けて飛び去って行った。その一部始終を一同は啞然として見ている他なかった。

「静粛に! 静粛に!」

思わぬ成り行きで、被告人の逃亡を許してしまった閻魔大王は明らかに立場を失くしていたが、なんとか場を繕おうとしているようだった。一同の視線が大王に注がれた。

「それではこれより、竜宮城での常軌を逸脱した無銭飲食容疑、及びクマへの度重なる悪質な暴行容疑に関する裁判を執り行います。被告人両名は前へ!」

「なんでやねん!」

法廷に浦島太郎と金太郎の悲痛な叫び声が響き渡った。

めでたし。めでたし。