私は緑川蘭。数少ない女性のレスキュー隊員の一人だ。厳しい選抜試験をクリアして隊員になったことを誇りに思っている。土砂災害。水難救助。山岳救助。人の命を助けるためであれば何処にでも出向く。体力では男性に敵わないことは察してはいるが、体力だけで人命救助ができる訳ではない。女性には女性の役割があると信じて毎日の訓練に励んでいる。
「緑川、行くぞ!」
そんな折、都市直下型の大地震が発生した。現場に駆け付けたヘリの情報によると倒壊した建物がいくつもあるという。急いで救助に向かわねばならない。
「了解しました」
重機を積んだレスキュー車に乗って私たちは出動した。現場では近隣から駆け付けた各地のレスキュー隊がすでに活動していた。あちこちに倒壊した建物があり、生存者に注意しながら重機で瓦礫を撤去する必要があった。被害は甚大であり、明らかに人員不足であることが見て取れた。私たちのできることは限られていた。一人でも多くの人を救いたいと思って、私は木造家屋の倒壊した現場で生存者を探していた。
「ううう・・・」
近くでうめき声がした。何処だ? 何処にいる? ざっと辺りを見回してみたが人の姿はなかった。私は地面に顔をつけ、倒壊した家屋の奥をのぞき込んだ。そこに崩れた木材の下敷きになって苦しんでいる人がいた。
「大丈夫ですか? 今、助けます」
「ううう・・・ワシはもういいんじゃあ」
力のない声が返って来た。
「必ず助けます」
私はそう言って木材を持ち上げようとした。重たい。私一人では動かせない。だが、周りはどこも人出不足だった。重機をこちらに回してもらうこともむすかしそうだった。家屋の後ろからは火の手が上がっており、猶予はなさそうだった。
「ううう・・・あつい」
早く消さなければ。あちこちで上がる火の手の対応で忙しく消防車は来てくれそうになかった。火は着実にこちらに近づいて来ていた。
「消防士さん。ワシはもういいんじゃ。十分に長生きした。婆さんに先立たれてしまってからは静かに暮らしていたんじゃ。子供たちはもうみんな独立した。もう何も思い残すことはない」
「気をしっかり持ってください。必ず助けます」
私は励まし続けた。
「あんた女じゃの。珍しいのう。女の消防士さんじゃ」
「女でも私はレスキュー隊員です。人命救助が私の仕事です」
「あんたにできるかのう?」
死にかかっている老人はレスキュー隊員としての私の資質に疑問を感じているようだった。こんなところでモタモタしているのだ。そう思われても仕方がない。燃え盛る炎の中で木材がはぜる音がした。このままではまずい。
「消防士さん。最後のお願いを聞いてもらえんかのう? ううう・・・あつい」
「何ですか? 私にできることなら何でもします。遠慮なく言ってください」
「やっぱり言えん。口にするのが憚られるわい」
「大丈夫です。言ってください。何でもします」
「じゃあ言ってみようかのう」
私に力がないばかりに、この人を助けることができないかもしれない。せめて最後の願いくらいは聞いてあげたい。
「そのう。胸をちょっとはだけてもらう訳には行かないじゃろうか?」
「胸?」
男というのはつくづくバカな生き物なのだと思った。もうすぐ死んでしまうかもしれないのに、そんなことを考えているのだ。死んだお婆さんが聞いたらきっと悲しむに違いない。だが、いいだろう。今の私にはそれくらいのことしかできない。そして私はオレンジの制服のファスナーに手を掛けると一気に引き下ろした。下着が露わになった。前を見るとお爺さんが食い入るように私の胸元をのぞき込んでいた。
「ありがとう。ありがとう。本当にありがとう」
爺さんはそう言って、涙を流していた。その姿を見ると私のしたことは決して間違っていなかったのだと思えた。
「そのう。もうちょっと胸の先っちょのところが見えるといいんじゃがのう」
「胸の先っちょ?」
乳首を見せろと言っているのだろうか? それはいくらなんでも恥ずかしい。そんなことは絶対にできない。
「あああ・・・熱い。死にそうだ。あああ、胸の先っちょが見たい」
お爺さんの痛ましい声に反応して私はとっさに乳首を晒していた。
「あああ、ありがとう。本当にありがとう」
死にかかっているお爺さんは、死ぬほど喜んでいた。
「これでもう思い残すことはない。だが、ちょっとの間でいいから触れたらのう」
倒壊した木材の下敷きになって脱出できないでいるのに、それはいくらなんでも無理だろう。もうすぐ死んでしまうかもしれないのに男とはいくつになっても愚かな生き物だと思った。
「いいのよ。あなたの好きなだけ触って揉みしだいてもいいのよ」
死にかけのお爺さんが安らかに昇天するよう私はやさしく言った。するとその瞬間、凄まじい瞬発力でお爺さんが木材の下から飛び出して来た。
「いい加減にしやがれ! このエロジジイ!」
気が付くと私は渾身の力でお爺さんを殴り倒していた。
「緑川、一人でよくがんばったな!」
倒壊した家屋の下敷きになった老人を救出したことで私は隊長からお褒めの言葉をいただいた。その気になれば老人は自力で脱出できたはずだったが、まあいいかと思った。その気にさせたのは私なのだから。