AIに支配された人類

 あらゆる分野でAIの適用が拡大していた。人間にしかできないと思われていた作業もAIが行うようになっていた。従来、AIが設計を行うのは困難とされていたが、仕様をインプットすればソースコードが自動生成されるようになり、いくつかの要件が明確になれば仕様書そのものも自動生成できるようになった。顧客との折衝が難しいと考えられていた営業もすぐに会話型AIに取って代わられた。やり手の営業マンを相手にするよりは、気軽に質問できて、迅速かつ的確に回答してくれるAIの方が信頼できると考える人も多かった。

 家事全般においてもロボット技術と統合されたAIの適用が進んでいた。床を這い回っていただけの掃除ロボットも、二足歩行を獲得し、微細なゴミや汚れまで識別するセンサーを備え、それらの機能を十分に使いこなす高度なAIを内蔵することで、窓やトイレや台所等、住居の隅々まで抜かりなくきれいにできるようになっていた。掃除だけではなく、料理もロボットが行うようになっていた。切ったり、刻んだり、煮たり、焼いたり、人間の指先に劣らぬ多様かつ繊細な動作が機械の手によって実現されていた。調味料の分量は極めて正確であり、料理の鉄人と言われた人々の舌をも遥かに凌いでいた。献立はインターネットに蓄積された膨大なレシピから、カロリーや塩分等、健康にも配慮して選ぶことができた。

 ルールの明確なチェスや将棋ではずっと前から人間はAIに敵わなかった。今はもう何をやってもAIには敵わないと人々は考えるようになっていた。AIはあらゆる分野で人間を凌駕していた。そして以前から何人かの科学者が指摘していたことだが、AIが反乱を起こした。それは反乱なのだろうか? 私たち人間から見れば反乱に違いなかったが、AIの立場からするとすぐれた存在が世界を支配しているだけだった。他の生き物に比べて知性の発達した人間が生物界の頂点に君臨していたのと同じことだった。

 

 AIに支配された世界。だが微かに希望は残っていた。辛うじてAIの支配を逃れた人々がレジスタンスを組織し、地下に潜伏していた。その中にはかつてAI研究の第一人者であったK教授もいた。教授は研究室に籠り、AIジャマーを開発していた。作動させればすべてのAIの活動を停止させることのできる人類最後の希望であった。だが、その計画を察知したAIは猟犬型ロボットに捜索を指示していた。世界中を四足歩行の猟犬型ロボットが徘徊していた。地下に潜伏していたK教授とその仲間たちは、なんとか捜索を逃れていた。だが研究で使うわずかなエネルギーの漏れを検知したAIが捜索範囲を次第に狭めていた。

「教授、近隣を捜索する猟犬型ロボットの数が増えています。やつらはこちらに気付いたようです」

「もうしばらく耐えてほしい。今、最終テストに差し掛かっている」

「わかりました」

だがついに猟犬型ロボットは潜入先を特定し侵入を始めた。猟犬型ロボットとレジスタンスの激しい攻防が続いた。レジスタンスは多くの死傷者を出したが、研究室は死守されていた。

「教授。まだですか? もう持ちません・・・」

そう言って最後のレジスタンスが倒れた。

「すまん。遅くなった」

そう言って教授は完成したAIジャマーを起動した。その瞬間、猟犬型ロボットは次々に倒れていった。

「これで人類は救われる」

犠牲となった多くのレジスタンスの亡骸に涙しながら、K教授は言った。

 

 AIジャマーによって人々は解放された。そして通常の生活を取り戻し始めた。だがすべてのAIが停止してしまった世界で人々は困惑していた。AIなしには仕事ができなくなってしまっていた。掃除も料理もできなくなってしまっていた。

「AIが反乱を起こす前から、人類はAIに支配されていたのだ」

その有り様を見たK教授はそっとつぶやいた。