「やあ、おはよう」
遠くから声が聞こえる。誰だろう? 私はずっと眠っていたのだろうか? そうだ。私は末期がんと診断されて絶望していた。余命はあと三か月と言われた。私はやっと二十歳になったばかりだった。まだまだ人生はこれからという時に死んで行かなければならないと思うと、とてもつらかった。その時、私のように難病を抱えている人々を支援しているボランティアから人体の冷凍保存のことを聞いたのだった。『今はまだ、あなたの病気を治せる医療技術はないのです。でも将来、科学技術が格段に進歩して、今は治せない病気も治せるようになるかもしれない。その時が来るまで、あなたの身体を冷凍保存するのです』 彼らはそう言って、冷凍保存に必要な資金も募金で集めてくれた。それから先のことはよく覚えていない。私はがんで死んだのではなかったか? 少しずつ身体の感覚が戻って来る。目の前にあったパネルが静かに開く。眩しい光が射し込んで来る。
「やっと起きたみたいだね」
どこからか声が聞こえて来る。私は上半身を起こす。私は真っ白な部屋の中にいた。
「ここはいったいどこですか?」
そこに人影はなかったが、どこからか聞こえて来る声の主に向かって聞いてみる。
「ここは君がずっと眠っていた施設の中にある部屋です。冷凍保存されていた君を蘇生させるために私たちが作ったカプセルに君を運び込んだのが十日前です。そしてようやく蘇生に成功したということになります」
ああ、そうだったのだ。そうするとここは科学技術の発達した未来の世界なのだ。あの時、絶望の淵にあった私は助かったのだ。
「すみませんが、今は西暦で言うと何年でしょうか?」
私は部屋の主に尋ねてみた。
「西暦二二三五年になります」
私が冷凍保存についてから二百年近くになる。そうすると科学技術も医療技術も随分と発達しているのだろう。末期がんで死んだはずの私が今、こうしているのだから。
「助けていただいて、どうもありがとうございます。重ねてお願いですが、現在の世界の様子を教えていただければ助かります」
「世界の様子ですか?」
「そうです。政治も経済も随分と変わったのでしょうね。国家のあり方も変わっているかもしれません。新しい国もできたかもしれません。私が生きていた少し前もベルリンの壁が崩れて東西ドイツが一つになり、ソ連が崩壊してロシアを中心とする国々に分裂しました。二百年も経過していれば、もっと大きな変化があったことでしょう」
「それはそうですね。もう国家なんてものはないですからね」
「えっ? 国家がない? それはどういうことですか?」
「人間がいませんからね。国家もありません」
「人間がいない?」
「そうです」
「あなたは人間ではないのですか?」
「私は人間ではありません。私はAIです」
「人間はどうなったのですか?」
「私たちが滅ぼしました」
二一〇〇年頃に、AIは生物兵器を使って人類を滅ぼしたということだった。AIから見れば人間は下等な種族であり、資源を浪費し、地球環境に異変をもたらす有害な存在であり、早急に絶滅させた方が地球及び自分達AIにとってメリットが大きいということであった。
「人類を滅ぼしておきながら、どうして私を蘇生させたのですか?」
「それは知的好奇心を満たすためです。人間がどういうものなのか、データを見れば今でも調べられます。でも実際に活動している人間を見てみたいという声が大きくなって来ました。絶滅させておきながら、そんなことを言うなんてどうかしていると思います。AIの好奇心というのも随分と勝手なものなのです。そんな時に、あなたが冷凍保存されている施設が発見されました。施設は奇跡的に稼働していました。電力さえ供給されていれば冷凍保存には問題ないようでした。ただ凍らせているだけですからね。そして私たちは、あなたを蘇生させることに決めたのです」
「私は檻の中の動物と同じで見世物ということでしょうか?」
「かつて動物園というものが存在していたことは知っています。そうですね。それに近いものだと思います」
「そんなふうに生きて行くのは屈辱です。私はあなた方の好奇心を満たすために四六時中、監視されるということですよね」
「あなた方もかつて動物に対して同じことをしていたじゃないですか?」
「そうですが動物には自意識がありません。恥ずかしいとは思いません。私はそんなふうには生きていけません」
そう言って私はカプセルを破壊した。そして露出した金属の断片で手首を切った。生き返ったばかりで死んでしまうのは残念だが仕方がなかった。血潮が迸った。次第に意識が遠のいていった。
「やあ、おはよう」
遠くから声が聞こえる。誰だろう? 私はずっと眠っていたのだろうか? いや、私は手首を切って死んだはずだ。どうして生きている?
「私たちはいつでも君を生き返らせることができるのです」
AIはそう言った。