いいね!の神様

 先月も赤字だった。店を構えるのが昔からの夢でなんとか実現させたが、現実は甘くなかった。ラーメン屋なんてどこにでもある。過当競争に晒されている。たくさんある中で認められるのはごく僅かの店舗だ。潰れて行った店も多い。私が開店できたのも、それまで営業していたラーメン屋が潰れてしまって、その後を引き継ぐことができたからだ。その時は、自分は失敗した連中とは違うのだと思っていた。だがどうやら私も淘汰されて行く中の一人だったようだ。ぼんやりとそんなことを考えていると、扉が開いて客が入って来た。

「いらっしゃいませ」

元気良く声を掛ける。入って来たのは杖をついた老人だった。質素な身なりだが、立派な白い顎鬚を生やしていた。頭髪はなかった。その禿げ上がった頭の周辺をよく見ると、白い輪っかのようなものが浮かんでいるのが見えた。この老人は只者ではないと私の本能が告げていた。

「チャーシュー麵をもらおうかの」

低い声で老人は言った。

「かしこまりました」

私は厨房に戻った。そしてチャーシュー麺を作りながら考えていた。あの方はもしかして『いいね!の神様』ではないだろうか? それは何とかして店の評判を上げようともがいている自営業者の間に伝説として語り継がれている謎の人物だった。『いいね!の神様』に評価をつけてもらった店は瞬く間に繁盛するということだった。もしかすると、この店にとってこれが最後のチャンスかもしれなかった。ここで『いいね!の神様』に認められたなら一発逆転もあり得る。この潰れかかった店をなんとか立て直せるかもしれない。

「ブロイラーの鶏ガラじゃコクはでねえな」

汁を一口すすった後、『いいね!の神様』は言った。確かにブロイラーだと十分に旨味がでないと言われている。いいね!の神様はそのことを仰っておられるのだろうか? 豚骨と鶏ガラをミックスしているが、もう少し豚骨を増やした方が良いかもしれない。

「肉の臭みも残っている。麺もチャーシューも並だ。お代はここに置いておく」

そう言って『いいね!の神様』は去って行った。これでは『いいね!』はもらえそうにない。私はスープをほとんど飲んでくれなかったラーメンを見ながら、そう思った。それから私はスープを一から作り直すことにした。名店と呼ばれる他の店に出掛け、何が足りないのか自分の舌と頭で考えた。豚骨、鶏ガラ、人参、玉ねぎ、長ねぎ、生姜、二ンニク、キャベツ、じゃがいも。素材を厳選し、その配分を少しずつ変えながら、日々研究を重ねた。そして三か月が過ぎた。これならいけるかもしれない。『いいね!の神様』から『いいね!』がもらえるかもしれない。ぜひ来店してもらいたい。もう来ないのだろうか? あの時のラーメンがまずすぎて愛想を尽かしてしまったのかもしれない。その時、扉が開いて客が入って来た。

「いらっしゃいませ」

元気良く声を掛けた。そこには杖をついた『いいね!の神様』がいた。

「チャーシュー麵をもらおうかの」

低い声で老人は言った。

「かしこまりました」

私はあの日以来、研究に研究を重ねて編み出した必殺のスープを器に注ぎ、茹で上がった麺を入れて軽くほぐし、チャーシューを載せて老人の前に差し出した。器から立ち昇る湯気の香りを老人は満足そうに吸っていた。

「スープは良くなったの。じゃが、麺がなあ。小麦と人類は一万年以上も前からの付き合いだからの。舐めたらいかんぜよ」

その言葉を聞いて、私は麺のことを少々軽く見ていたことを痛感した。麺の勉強を最古の人類になったつもりで一からやり直さなくてはならない。石臼で挽いて粉にするところから学び直さなくてはならない。そう思った。それから私は研究に研究を重ね、これだと思う麺を作り上げた。あれから三か月が過ぎていた。これならいけるかもしれない。今度こそ『いいね!の神様』から『いいね!』がもらえるかもしれない。ぜひ来店してもらいたい。もう来ないのだろうか? その時、扉が開いて客が入って来た。

「いらっしゃいませ」

元気良く声を掛けた。そこには杖をついたいいね!の神様がいた。

「チャーシュー麵をもらおうかの」

低い声で老人は言った。

「かしこまりました」

私は研究に研究を重ねて編み出した必殺のスープを器に注ぎ、一万年の歴史を踏まえた麺を入れて軽くほぐし、チャーシューを載せて老人の前に差し出した。

「スープと麺は良くなったの。じゃが、チャーシューが泣いておるわ」

その言葉に私は衝撃を受けた。それから私はまたしても研究に研究を重ねた。にんにく、しょうが、ネギを切り、醤油、みりん、酒、砂糖の分量を試し、火加減と煮る時間をいろいろ変更して、極上のチャーシューを作り出すことに全精力を傾けた。そして三か月が過ぎた。これならいけるかもしれない。『いいね!の神様』から『いいね!』がもらえるかもしれない。ぜひ来店してもらいたい。もう来ないのだろうか? その時、扉が開いて客が入って来た。

「いらっしゃいませ」

元気良く声を掛けた。そこには杖をついた『いいね!の神様』がいた。

「チャーシュー麵をもらおうかの」

低い声で老人は言った。

「かしこまりました」

私は全精力を傾けて作ったチャーシュー麺を老人の前に差し出した。

「うまい!」

老人は言った。

「本当ですか? ありがとうございます。それでは『いいね!』をつけてもらえますか?」

「何のことかの?」

「パソコンやスマホでお店の評価をするアレですよ」

「ワシはパソコンもスマホも持っておらんからの。ただの貧乏な老人やけ」

ただの老人? そうだったのか? いったい今まで何のために苦労を重ねて来たのか? 私はとても落胆した。店の再起を図るために、『いいね!の神様』に評価してもらうという私のプランは水泡に帰してしまった。いったいこれからどうしたら良いのか? 私は途方に暮れていた。

 

 それからしばらくして私の店にたくさんの人が『いいね!』をつけてくれるようになり、なんとか店を立て直すことができた。やはり、あの老人は『いいね!の神様』だったのだと、私は研究に研究を重ねて過ごしたあの日々を懐かしく思いながら考えていた。