2024-01-01から1年間の記事一覧

アリアドネ

今夜もダウンジャケットに身を固めて、高台にある公園にやって来た。自転車に積んで来た望遠鏡を地面に降ろす。三脚の足を延ばして高さを調整し、赤道儀を取り付ける。高度調整ハンドル、赤緯微動ハンドル、赤経微動ハンドルを取り付ける。それから鏡筒バン…

「僕は大きくなったら宇宙飛行士になるんだ」 正樹くんは言っていた。それは子供らしい夢だったが、彼なら本当に宇宙飛行士になってしまうかもしれないと、その時、僕は思った。正樹くんはとても運動神経が良くて、頭も良くて、誰とも分け隔てなく話ができて…

ためらい

「これであなたもすぐに永遠の命を手に入れることができます」 技術の進歩には目覚ましいものがあった。人類はとうとう永遠の命を手に入れたということで人々は狂喜していた。 「有機物の身体にはやがて限界が訪れてしまいます。その前に機械の身体へ移行さ…

中学三年の時、好きだった女の子に思い切って告白したが、あえなく撃沈した。あまりに呆然としていた私を気遣ってくれたのか、彼女は私に彼女の影をくれた。彼女の影は彼女にそっくりだった。彼女から切り離される時点で、それは彼女と同一の姿と心を持った…

月の夜

寂しげな鈴虫の鳴き声が聞こえる。少し肌寒い初秋。人里離れた旅館にもう長いこと滞在している。縁側に座り、ぽっかりと浮かんだ月を眺めている。しばらくして女将がやって来る。和服がとても似合う清楚な女性だ。常連客ということで気さくに声を掛けてくれ…

フェルミのパラドックス

船は着陸態勢に入っていた。とても美しい星だった。地球と同じように緑の大地と青い海が広がっていた。海岸沿いに生命反応とエネルギー反応の高いポイントがいくつかあって、そこには近代的な建物が認められた。 「ようやく任務を果たすことができる」 彼は…

いいね!の神様

先月も赤字だった。店を構えるのが昔からの夢でなんとか実現させたが、現実は甘くなかった。ラーメン屋なんてどこにでもある。過当競争に晒されている。たくさんある中で認められるのはごく僅かの店舗だ。潰れて行った店も多い。私が開店できたのも、それま…

悔いのない人生

「あなたの余命はあと三か月です」 申し訳なさそうに医者は言った。さすがに自分の身体の調子が悪いことはわかっていた。もうすぐ死ぬだろうという気はしていた。死を受け入れる覚悟があるかというとそんなことはない。この世から自分が消滅してしまうことに…

自動改札

自動改札を抜ける時にピンポンが鳴った。扉は固く閉じて私の侵入を拒み、定期をかざした部分は赤く点滅している。後ろに並んでいる人たちの指すような視線が気になる。舌打ちして不快感を露わにする人もいる。隣の改札に割り込んで行き過ぎる図々しいビジネ…

キューピッド

恋は唐突にやって来た。藤堂先輩のことを考えると胸が苦しくて仕方がない。この想い、なんとか叶えることができないだろうか? でも先輩はいつもあの白鳥家のお嬢様と一緒だ。二人は恋人同士なのだと噂されている。私なんかじゃ絶対に手が届くはずがない。そ…

妻が巨大ロボになった

いつの間にか、妻が巨大ロボになっていた。いつからそうなのか、よくわからなかった。今朝、気付いたが、もしかしたら昨日からそうだったかもしれない。あるいはもっと前からそうだったかもしれない。彼女との間に良好なコミュニケーションを維持して来たと…

AI百景(40)レジェンド

著名なアーティストの声をAIで再現し、往年のヒット曲や自分たちの作ったオリジナル曲を歌わせることが流行っていた。大手の音楽レーベルはそうした著作権に違反する行為を見つける度に警告を発していた。見つかってしまったサイトはすぐに閉鎖されたが、一…

AI百景(39)フェイク

「私はやってません!」 スーパーで万引きをしたかどでA氏は取り調べを受けていた。店内のカメラで撮影された動画が証拠として提出されていた。そこにはA氏が日用品を手に取り、次々に袋に収める様子が映っていた。A氏はそこそこ知名度のある会社で勤続二十…

AI百景(38)ペットの気持ち

AIを使って動物の鳴き声を分析する研究が注目を集めていた。クジラの歌を解析している研究者の動画によるとクジラは何キロメートルも離れた相手とコミュニケーションを取っているということだった。それは警戒や注意や怒りを示すだけの鳴き声ではなくて、私…

AI百景(37)スマートホーム

スマートホーム化が進んでいた。温度センサーで人体を検出して照明やエアコンのスイッチが自動的に入るようになった。カーテンは朝日を検知すると自動的に開くようになった。給湯器は設定温度を伝えて来た。 「四枚入りのハムのパックが二つあります。たまね…

AI百景(36)ニューロンの培養

培養したニューロンにゲームをやらせてみた。ニューロンの末端に映像端子とコントローラーの操作に必要な端子をつないだ。思惑通りにニューロンはゲームを始めた。画面に表示されたアイテムを取得し、効果的な攻撃を行って敵にダメージを与えていた。モニタ…

AI百景(35)身代わり

日曜日の夜はいつも憂鬱な気分になる。明日の朝はのんびりしていられない。満員電車に揺られて仕事に行かなければならない。そして嫌な上司の下で黙々と仕事をしなければならない。心身をすり減らしながら、歯車として生きて行くのはもう疲れた。そんなこと…