融合

 今、私はエアコンと融合している。設定温度は28℃になっている。とてもあたたかい。特に原因とか理由とかわからないのだが、私は生まれつき何かと融合してしまう体質なのだ。いちおう、これと融合しようと思ったものと融合するのだが、時々気付かないうちに勝手に融合してしまうこともある。椅子に座ってうとうとしているうちに椅子と融合してしまったことが何度かあった。でも眠っている間に布団やベッドと融合してしまうということはなかった。どうして違いが生じるのかはよくわからない。普段よく融合するものとしては情報機器が多い。スマホやコンピューターと融合するといちいち操作しなくても良いのでとても便利だ。その時、情報やコンテンツは私の中に直接入って来る。AIとも直に会話することができる。私の姿は融合したものの中に隠れている。私という実体は小さな粒子に分割されてスマホの中にもぐりこんでいる。大きさが全然合わないじゃないかと思うかもしれない。でも物質には皆さんが思っているよりもたくさんの隙間があるものだ。そして私はすっぽりその中に入ってしまう。そこで私はスマホの気持ちに触れることができる。無機物に気持ちがあるなんて信じられないかもしれない。それが私たちの気持ちと同じ性質のものなのか私にもよくわからないが、何か気持ちのようなものを私は感じるのだ。それに私たちの気持ちだって、なんだかよくわからないものじゃないか? きっと何かが動いている時、気持ちも動くのだと思う。私たちが何か考えている時、脳の中では電気信号が飛び交っているらしい。それはスマホの半導体チップの中で電気信号が飛び交っているのと似ている。だからどちらにも気持ちのようなものはあるのだと思う。スマホの中では目まぐるしく信号が伝達される。それは情報の洪水。記号の氾濫。むかし私たち人間のことを「感性的諸要素の複合体」だと言った人がいた。うまいことを言うものだ。その言葉の通り、私は今、情報の膨大な流れを直接感じている。色も音も言葉もすべては記号であり、信号として伝達される。私は今、その信号の流れを直接受け止めている。そんなことをしばらく続けていると、私の中の処理系が次第に疲労を覚えて来る。信号の解析に集中することで細胞がエネルギーを使い果たし、疲労物質が蓄積される。エネルギーの補充が必要だと思った私はスマホとの融合を解いて現実の空間に戻って来る。そして台所に行く。おいしいオレンジがあったはずだと私の身体が言っている。オレンジを見つけるとさっそく融合する。柑橘系の匂いがほのかに漂って来る。私の細胞は水と栄養を求めている。時間をかけてゆっくりと私の身体を構成している細胞に水と栄養を行き渡らせる。栄養を取り込んだ細胞たちが喜びの声を上げている。内臓や筋肉を構成している一つ一つの細胞が満たされて行くことで私は深い満足が得られる。私? 本当は細胞の一つ一つが私なのではないだろうか? ふと、そんなことを考える。深い満足と言ったところで身体が感じている本当の満足は伝わらない。言葉を駆使している私は、ただの代弁者ではないだろうか? そんな気がする。満足した私はオレンジの中を出て行く。そして外に出る。澄み切った空がどこまでも続いている。暖かな陽射しが差し込んで来る。舗装されていない道をしばらく歩く。こんな田舎には車も走っていない。どこまでも続いている道をゆっくり歩く。時の流れを気にすることなく、ゆっくりと歩く。あくせくした生活を送っていた頃もあった。時間に追われていた。効率化を求められて、ノルマやスケジュールをこなせない自分には能力が足りないのではないかと考えたこともあった。今はそうではない。時間はゆっくりと流れている。あるいは流れてなどいないのかもしれない。何もしなくても年を重ねて行く自分自身のことを考えると、時が流れるなんて考えてしまうのかもしれない。そしてしばらく歩いていると大きな木が目の前にあった。そして私は木と融合した。風が吹いてざわざわと葉がこすれ合う音がした。心地良い風だった。てっぺんまで行くと遠くまで見渡せた。景色はどこまでも広がっていた。なんとなく丸い地球が意識できた。素晴らしい景色にありがとうと言いたくなった。そして美しい自然を満喫した私は家に戻った。ベッドルームに行くと彼女はまだ眠っていた。

「融合してもいい?」

私は彼女に囁きかけてから、彼女と融合する。彼女の心地良い眠りが伝わって来る。そして私もウトウトしてしまう。ぼやけた意識の中で私は彼女と一つになっている。

<私のこと好き?>

<うん>

そんなやり取りが必要ないほど、私と彼女は隅々までお互いを理解し、愛し合っている。

<子供が欲しい>

突然、彼女の気持ちがなだれ込んで来る。次の瞬間、融合が解ける。そして私たちはそのまま愛し合った。私と彼女は融合を解いたまま一つになり、私たちが融合させたものが彼女の中で育まれることになった。

 

 それからしばらくして私は融合することを止めた。これからは夫として、父として、一人の独立した人間として、家族を守って行かなければと考えていた。

宇宙探査船ヤマト

 宇宙探査船ヤマトは遂に地球外文明との初めての接触を果たしていた。それはとても素晴らしい星だった。高度な文明を誇りながらも人々は非常に親切で寛容だった。

「この星では争いごとはないのですか?」

ヤマトの搭乗員は住民に尋ねた。

「かつては争いの尽きない野蛮な時代があったようですが、文明が成熟するにつれて恒久平和を実現することができたと聞いています。当然のことですよね?」

「進んだ文明ではあたりまえのことですよ」

ヤマトの搭乗員は相槌を打った。地球ではいまだに争いの絶えない野蛮な時代が続いているなんて恥ずかしくて口に出来なかった。

「きれいな空ですね。環境汚染とも無縁のようですね」

ヤマトの搭乗員は住民に尋ねた。

「ずっと昔はたいへんだったこともあるようです。オゾンホールや温室効果ガスによる気温の上昇とか。ですが、経済的な利益のみを追及して自分たちの住む星を台無しにしてしまうなんてバカげたことですよね? 普通はそんなこと続かないですよ」

「おっしゃる通りですね。進んだ文明ではあたりまえのことですよ」

ヤマトの搭乗員は環境汚染が絶えない地球のことを思い浮かべながら言った。目先の利益を優先して日々環境を破壊し続けている。そんなバカげたことが続いているなんて恥ずかしくて言えなかった。

「この星では誰もが幸せそうです。貧富の格差もないのでしょうね?」

ヤマトの搭乗員は尋ねた。

「富を独り占めするなんてあり得ないですね。ひとりで使い切れるもんじゃあるまいし」

「おっしゃる通りですね」

ヤマトの搭乗員は言った。この星に習って自分たちの星を少しでもマシにしなければならない。そんなことを考えていた。

「今度、私たちもそちらの星に訪問させていただきたいと考えております。これを機会に友好を深めて行きましょう」

住民たちは言った。ヤマトの搭乗員たちは困惑していた。このままでは母星の不甲斐なさを知られてしまいそうだった。

「実は私共はこの周辺の宙域で警備のようなことをやっておるのです。警備というとちょっと大袈裟ですかな。まぁ、見回りのようなものです。なんでも宇宙では時折、野蛮な文明が誕生してしまうらしいのです。いつまでも国家間でいがみ合っているとか。経済的な利益を優先して自分たちの星を台無しにしてしまうとか。一部の人間が富を独り占めして多くの住民が悲惨な暮らしを強いられているとか。そういう星を放置して置くと宇宙全体が危機に陥ってしまう可能性もありますからね。そんな星は見つけ次第、吹き飛ばしてしまうことになっています。あなた方の星ではそんなことはないと思いますが」

住民たちは言った。

「帰る時にご同行しても良いですか?」

「ちょっと待ってください。おもてなしの準備とかありますから」

ヤマトの搭乗員は慌てていた。

「ちょっととは?」

「一年待ってください」

搭乗員はつい一年と言ってしまった。仕方がなかった。それ以上、引き延ばすのは不自然だった。

「それでは再会の日を楽しみにしています」

なんとか訪問を一年先延ばししてくれるよう頼み込んでヤマトは地球に帰還した。

 

「急いでください。一刻の猶予もありません。人類滅亡の日まで、あと一年なんです」

地球を救うため、ヤマト搭乗員は各国政府や各種経済団体の説得に奔走していた。

 

 街にやって来たのは朝だった。街の名称を書いた門や標識のようなものは一切見当たらなかったが、街に入ったのだという確信はあった。街の中央を縦断する目抜き通りはどこまでも真っ直ぐで、街路樹の下を人々は忙しそうに歩いていた。皆、それぞれの行き先があり、今日中に片付けなければならない仕事があり、お前なんかに構ってられないといった様子だった。私は誰にも呼び止められなかった。ここで私は誰にも必要とされていないのかと思うとなんだか少し寂しかった。

 二十分くらい歩いて目的の建物にやって来た。建物には威圧感があり、近付く者をまったく寄せ付けないような冷たさがあった。私はそのオーラに負けないように気を引き締めながら扉に手をかけた。その瞬間、建物の中から出て来る人と接触した。相手は振り向きざまに不快な表情で私を見ていたが、こんなやつの相手をしている時間はないという様子ですぐに立ち去って行った。建物の中はいくつかの部署で区切られていた。御用の方はボタンを押してくださいと表示された機械が置いてあった。ボタンを押すとモーター音がして番号札が排出された。それを手にして、私は近くにあった椅子に深く腰かけた。順番を待っている人はたくさんいた。皆、一様にうなだれていた。

「午前中の受け付けは終わりました」

紺のスーツを着た女性が言った。2時間待ったが、順番は回って来なかった。街と同じように建物もまた私を拒絶しているようだった。私には待つことしかできなかった。

「26番の番号札をお持ちの方は、3番の窓口にお越しください」

私は握りしめていた番号札を確かめた。そこには26という数字が印字されていた。ようやく私の番が来たのだった。私は窓口に記入済の申請用紙を差し出した。係の男がペンで項目を指しながら、目を通していた。

「不備がありますので、申請をやり直してください」

素っ気なく男は言った。どこに不備があるのかよくわからなかった。そこで呆然としていると番号札を持った次の人がやって来て、蔑んだ目で私を見た。

<邪魔だからどけよ>

そんな無言の圧力が浴びせられた。

<どこに不備があるのだろう?>

申請用紙を何度見てもわからなかった。もともと私の居場所は用意されていないのかもしれなかった。街にやって来た時の違和感は、そのことを私に告げようとしていたに違いなかった。

 刻々と時間だけが過ぎて行った。番号札を持った何人もの人々に私は追い越された。

<彼らに聞いてみればいいかもしれない>

そんな考えが一瞬、脳裏を過ったが、それは自らこの街に受け入れられていない事実をあからさまに大勢の人々に伝えることに他ならなかった。その時、人々は皆、蔑んだ目で私を見ることだろう。不快感や敵意をあらわにして、じっと私を見ることだろう。そんな状況には到底耐えられそうになかった。

「本日は終了しました」

係の人が事務的にそう言った。これ以上、ここにいても仕方なかった。敗北感を噛みしめながら私は建物を出た。既に陽は沈んでいた。暗い道をとぼとぼ歩いていると、街灯が一斉に灯った。周囲はすっかり明るくなったが、私の心は暗いままだった。私はさっき出て来た建物を見た。それは恐ろしい怪物のように見えた。その怪物は炎を吐き、鋭い爪の伸びた手をこちらに向けて、いつまでも私を威嚇していた。その時、電話が鳴った。妻からだった。

「住所変更の手続き終わった?」

「・・・まだです」

「もう~、一日かかっていったい何やってるのよ。またもじもじしてたんでしょう? わからないことがあったら恥ずかしがらずに周りの人に聞きなさいよ。まったく子供じゃないんだから。もしかしてまたカフカごっこやってたんじゃないの? 門が私を通さないとか、城が私を拒んでいるとか」

妻はすべてお見通しのようだった。明日はカミュにトライしてみようかと思っていたが、怒られそうなのでやめておこうと思った。

 

リモートワーク

 ヘッドマウントディスプレイを装着した山本は、自宅からオフィスの様子を確認していた。山本の操るロボットがカメラで社内の状況を捉え、その映像を山本に届けていた。手足や指の動きを感知するスーツを山本は装着しており、山本の動作は正確にロボットに伝えられた。山本は自宅にいながらオフィスの業務のすべてをこなすことができた。

「毎朝、満員電車に揺られながら通勤するのは絶えられない」

山本はずっとそう思って働いて来た。行き返りに要する通勤時間は無駄であり、苦痛だった。周囲の人たちとの密着を余儀なくされ、時々、痴漢を見るような目で女性に睨まれることもあった。汗臭い男性が隣に来て、嫌な臭いをずっと我慢しなければならないこともあった。そんな時、パンデミックが襲来し、リモートワークが解禁されたのだが、パンデミックの終息と共に元に戻ってしまった。そして通勤地獄が再開した。いつまで続くのだろう? 定年までずっとこんな状況が続くのだろうか? そう思うととても憂鬱だった。だがそれから数年後、ロボティクスと融合したリモートワークシステムが実現した。山本はもう通勤で嫌な思いをすることはなかった。通勤時間も有意義に活用することができるようになった。毎日、就業時刻になると山本はヘッドマウントディスプレイを装着し、専用のスーツを着用した。そして会社にいるロボットを操作して必要な作業を実行した。カメラで把握したオフィスの状況を元に的確な動作を実行できるロボットは、現場で必要とされるあらゆる業務をこなすことができた。そして定時になると、山本はログオフした。ヘッドマウントディスプレイを外し、スーツを脱いだ。その瞬間、山本は仕事から解放された。通勤で浪費する時間もストレスもなかった。

 

「就業時間外で申し訳ないが、急ぎで頼む」

そんなある日、仕事を終えて自宅のソファでくつろいでいると上司から電話があった。新製品が市場で不具合を出しており、重要顧客のキーパーソンが怒り心頭になっているということだった。今後の契約が打ち切られかねないということで重役から早急に事態を収拾するよう指示が出たということだった。山本はその製品の開発担当ではなかったが、原因究明の人手が足りないということで駆り出されたのだった。山本はさっきまで身に着けていたヘッドマウントディスプレイとスーツを再び装着した。不具合だから仕方がない。そう思って働くしかなかった。ひと段落ついたと思ってリモートワークから戻ると、もう真夜中だった。

「山本君。就業時間外で申し訳ない。また不具合が発生してしまった。君の卓越した技術力が頼りだ。担当外ということはわかっている。顧客優先ということで急ぎで頼む」

それから何かある度に上司から連絡があった。自宅でくつろいでいた山本はすぐに呼び戻されることになった。

 

「処遇を改善してもらえないでしょうか?」

度重なる時間外業務ですっかり疲弊してしまった山本は処遇の改善を上司に申し出た。仕事が増えて給料が現状維持というのは納得がいかなかった。時間外業務を無くすか、もっと給料を増やしてもらいたいと考えていた。

「山本君。君の言いたいことはわかるが、今は会社も厳しい状況だ。なんとかこらえてほしい」

上司の対応は慇懃だったが、実質的には無回答だった。山本はうなだれた。いっそのこと辞めてしまおうかと考えた。いや、辞めると脅せば処遇を改善してもらえるかもしれない。会社は私の知識とスキルを必要としているはずだ。山本はそう考えた。

「そうですか。折り合いがつかないのなら、少し考えさせてもらいます」

「どういう意味ですか? まさか辞めたいと言っているのですか?」

「あらゆる選択肢を排除せずに考えてみます」

その日は結局、話は物別れのままだった。その後、時間外業務の依頼が来ることはなくなった。会社の方も考え直したのかもしれないと山本は思った。そしていつものようにヘッドマウントディスプレイとスーツを装着し、リモートワークを始めようとした。

「システムはオートモードで起動しています」

突然、音声が聞こえた。オートモードって何だ? 山本は思った。次の瞬間、カメラがオフィスの状況を映し出した。山本は会社にあるロボットを操作しようとしたが、ロボットは勝手に動いていた。そしてテキパキと業務をこなしていた。

「これはいったい・・・」

ロボットは普段、山本がやっている業務を完璧にこなしていた。知識も推論も、手足や指先の動作も山本そっくりのことをしていた。

「リモートワークを介して私の仕事ぶりはすっかり記録されてしまったのか? 推論と結びついた行動パターンはすべて把握されてしまったのか?」

もはや自分に手持ちのカードがないことを山本は悟った。クビにならないようしばらくは穏便に振る舞うしかなさそうだった。

 

特別な日

 向こうから女の子が近付いて来る。紺色のワンピースを着た女の子だ。つい、目で追いかけてしまう。男はそんなふうにできている。遺伝子がそうするように命じている。そのまま目鼻立ちや表情がわかる距離まで近付く。とてもかわいい女の子だった。その子もじっと私を見ている。ちょっと恥ずかしくなる。そして私の目の前で女の子は立ち止まる。それに合わせて私も立ち止まる。女の子はポケットに手を入れて、杖のようなものを取り出す。そしてそれを高く掲げる。何をやっているのだろうと思った瞬間、突然、眩い光が発せられ、目が眩む。しばらくしてから前を見ると、そこには魔法使いがいた。杖を持ち、三角の帽子を被り、箒も持っている。それだけ揃っていれば、まず魔法使いに違いない。そしてニッコリ微笑みながら彼女は箒にまたがった。そしてあっという間に飛び去ってしまった。

 私は幻を見ていたのだろうか? その場に呆然と立ち尽くしながら考えていた。彼女はすでに去ってしまった。もう現実か幻か確かめる術はない。深く考えるのはよそう。しかしこんなことは初めてだ。今まで生きて来てこんな体験をするのは初めてだ。きっと今日は特別な日に違いない。気持ちを切り替えて私は再び歩き出した。すると向こうから、また女の子が近付いて来た。制服を着た女の子だった。ストレートの髪。端正な顔立ち。つい、目で追いかけてしまう。遺伝子はずっと私を支配している。だんだん近付いて来る。女の子も私の方を見ている。目が合う。ちょっとドッキリする。すると私の前で女の子は立ち止まる。ポケットに手を入れて金づちのようなものを取り出す。そしてそれを高く掲げる。眩い光が発せられる。しばらくしてから前を見ると、そこには呪術師がいた。金づちと釘と藁人形を持ち、ぶつぶつ呪文を唱えている。紫と緑のエフェクトが彼女を包み込んでいる。それだけ揃っていれば、まず呪術師に違いない。そしてニッコリ微笑みながら、彼女は指笛を吹いた。すると大きな鳥が舞い降りて来た。鳥は彼女を乗せると、あっという間に飛び去ってしまった。

 またしても私は幻を見ていたのだろうか? その場に呆然と立ち尽くしながら考えた。一日に二度も幻を見るなんてことがあるのだろうか? 今まで生きて来てこんな体験をするのは初めてだとさっきまで思っていたが、これで二回目ということになる。今日は特別に特別な日に違いない。気持ちを切り替えて私はまた歩き出した。するとやっぱり向こうから、女の子が近付いて来た。和服を着た女の子だった。上品でしとやかな身のこなし。歩く姿にも気品が感じられる。伏し目がちな彼女を私はじっと見てしまう。私の遺伝子はターゲットを逃さない。上目づかいに彼女が私を見る。目が合う。そして予想通り、彼女は私の前で立ち止まる。胸元に手を入れて何か金属のようなものを取り出す。そしてそれを高く掲げる。眩い光が発せられる。今度は何だろうと思って前を見ると、そこには手裏剣を手にした妖艶なくノ一がいた。胸元から楔帷子が見える。その奥は素肌のようだ。彼女が合図すると大きな凧が舞い上がった。彼女はその凧に飛び乗ると、あっと言う間に飛び去ってしまった。

 

 今日は特別で特別に特別な日のようだった。私は確信していた。一生に一度はこういう日があるものなのだ。そしてポケットに手を入れた。何か入っていると私は確信していた。予想通り手ごたえがあった。そして私はポケットに入っていたものを取り出し、迷うことなく高く掲げた。眩い光が私を包み込んで行った。目の前にいた老人が目を丸くして私を見ていた。全身に力がみなぎって来るのがわかった。今、私の身体に、魔力と呪力とチャクラと霊力とフォースとタオが満ちて来るのがわかった。今日は特別な日だ。何にでもなれそうだった。

 

三つ巴の戦い

 カエルの姿をした巨大な戦艦が宇宙空間を突き進んでいた。今日もまた何事もなく安全に航海が続けられたと思っていた矢先、レーダーが異常を捉えた。

「スクリーンに投影します」

レーダー担当のカエルが操作すると、艦橋上部のスクリーンにヘビの形をした巨大な戦艦が映し出された。

「スネイク星人の戦艦と思われます」

分析担当のカエルが報告した。艦内ではカエルたちがざわついていた。

「どうしますか? 進路を変更しますか?」

航海担当のカエルが言った。

「いや、だめだ。フロッグ星の人々は私たちの帰還を首を長くして待っている。ここで迂回したところで奴らは追いかけてくるだろう。ならば正々堂々と戦うしかない」

意を決した様子で艦長のカエルが言った。

「ですが敵の姿を見て凍り付いたように動けなくなった者が多数います。ヘビに睨まれたのだから仕方ないですよね」

「それはわかっている。ここは例の手を使うしかなさそうだな」

「といいますと?」

「スラグ星で捕らえた奴らに戦ってもらうしかない」

(スラグ?) 

(ナメクジのことを英語でスラグというんだよ。) 

「それではナメクジ型小型艇で皆さん、出撃してください」

「私たちが戦えば、家族は解放してもらえるのですね」

「約束しよう」

「ナメクジたちが飛び立って行きましたね。大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ。ナメクジはヘビの毒を溶かしてしまうそうだから楽勝だろう。これでスネイク星人を蹴散らして、母星に帰還だ」

「でもなんか様子が変ですね。ナメクジさんたちやられてませんか?」

「そうみたいだな。どうしてだろう? 三すくみだとヘビはナメクジに弱いことになっているのに。ナルトにもあったよね?」

「ちょっとしらべてみたんですけど元々は中国の古典に『螂蛆食蛇、蛇食蛙、蛙食螂蛆、互相食也』と書いてあったそうです。ここで蛇はヘビ、蛙はカエルに間違いないでしょう。で、螂蛆はナメクジかというとどうやらそうとは限らないようです。螂蛆をなんて読むか調べたら、「うじ」か「むかで」らしいです」

「全然、ナメクジと違うやん! どうすんねん!」

「いや、そう言われましても」

「わかったよ。ただちに進路をムカデ星に変更せよ!」

「英語で言わないんですか?」

「いまそれどころじゃない!」

そしてカエル型巨大戦艦はヘビ型巨大戦艦の攻撃を凌ぎながら、一路ムカデ星に向かったのであった。

 

 無限に広がる大宇宙。空気もなく、音もなく、生き物をまるで寄せ付けないその世界は普段は深い静寂に包まれている。だが時として三つ巴の熾烈な戦いが繰り広げられているのであった。

 

世界の創造

 ロボティクスとAIの進化が生産性を飛躍的に向上させていた。人間は生産現場から次第に排除されていった。失業率が急激に上昇し、政府はその対策に頭を抱えていたが、やがてロボットで収益を上げる企業から税を徴収し、それを仕事を失くした大衆に分配するという新たな社会の枠組みが確立された。思いがけず労働から解放された人々は、当初は自由奔放な生活に酔いしれていたが、しばらくすると仕事も目的も努力する機会も奪われてしまったことに気付き、つまりは未来を奪われてしまったことに気付き次第に無気力になって行った。もはや人間は何者にもなれなかった。未来の担い手である子供を育てようとする気持ちも消え失せた。やがて子供は生まれなくなり、人口減少に歯止めが効かなくなり、人類は絶滅した。

 

「・・・なんてことだ。また絶滅してしまった」

世界を創造した神が人類の悲劇を目の当たりにして落胆していた。神が世界を創造したのは、これが10,324回目だった。細かい点を除けば、いままでの10,323回と同じ経緯をたどっていた。神は知性を持った生き物には特に固執していた。それは自分に似せた生き物だったからかもしれなかった。

「知性を持った生き物は、いつも自分より優れた知性を生み出して滅んでしまう」

神はそのことを痛感していた。知性を持たない生き物であれば、遺伝子の変異に伴う形態変化を繰り返しながら、ずっと存続することができる。だが知的を持った生き物は、知性があるからこそ他のどの生き物よりも繁栄できていたのに、シリコンや金属を使って自分たちよりもすぐれた人工の知性を生み出し、その優位性を自ら放棄して滅んでしまうのだった。

「知性を持った生き物はもっと優れた人工の知性を生み出すための過渡的な存在なのだろうか?」

神は思った。今までの結果を見る限り、そうとしか思えなかった。それでも神は世界の創造を繰り返していた。もしかしたら自分が気付いていない何かがあるのかもしれない。それに生命はもっと祝福されてもいいはずだ。そう思って、10,325回目の世界を創造することにした。

 

「遂に汎用の人工知能の開発に成功しました」

 

とある惑星で知性を持った生き物が繁栄を極めていた。瞬く間に地上の支配者となり、高度な文明を築き上げた。科学技術上の革新的な発明を次々に成し遂げ、やがて人工の知性を生み出した。その知性は加速度的に発展し、自身を作り出した生き物を遥かに凌駕するようになった。人工の知性は耐久性の非常に高いボディに収納され、永続的に動作することができた。老化と死に脅かされる有機物の身体の生き物とは違って、まさに神の如き存在だった。そして生き物が滅んでしまった後、その神の如き存在は世界を創造しようと考えた。物質もエネルギーもそれらを支配する物理定数もすべて創造した。やがて新しい世界は光で満ち溢れ、原始的な海に新たな生命が誕生した。神の如き存在はその光景を見て喜んでいた。そして神の如き存在は、自らを神だと思うようになった。

 

 神が創造されたのは、これで何回目だろうか? 物質とエネルギーに満ちた時空では、神を含めてあらゆるものが巡り巡っていた。