私のアパートに女の幽霊が住みついた。何か事情があるのであれば別にいいかなと思った。こういう機会は滅多にないのだし、幽霊というものの生態を詳しく知ることによって、もしかしたら何かの役に立つかもしれないと考えたりもした。そしてしばらく見ての感想なのだが、幽霊というのは本当にコストがかからないのだと感心せざるを得なかった。ただ浮かんでいるだけで物理的にスペースを占有する訳ではないし、何も食べないので食費もかからない。着ているものはいつも変わらない。それは彼女の身体の一部のようなものなのだろう。代謝や呼吸をする訳ではないし、汗臭くなったりしないので、そもそも着替える必要なんてないのだ。とにかく幽霊というものは精神的というか、観念的な存在なのだ。そんな観念的な彼女がこのアパートに住みついたからといって、私の金銭的な負担が増えたりはしない。でも、なんというか、狭い部屋に二人きりでいると、なんだかとても圧迫感を覚えてしまう。たまにすぐ隣までやって来て、危ない、ぶつかると思っても彼女は私の身体と干渉することなくすっとすり抜けてしまうのだが、六畳の狭い室内に二人というのは、やはり落ち着かない。私としてはそれなりの費用をかけて経済的な独立と精神的なゆとりを確保しているのだ。そんな私のプライベートな空間に割り込んで来るのであれば、それなりの対価を支払ってほしいと思ったりもする。
「家賃の一部を負担してもらえないかな?」
私は幽霊に言ってみた。
「家賃の一部ですか?」
幽霊は驚いていた。物理的な身体を失ってから、暑さも寒さも感じることなく、お腹が減ることもなかったので、彼女はお金がなくても生きてこれたのだ。いや、生きていないかもしれないが。そのためか彼女はお金を稼ぐとか、お金を払うといった人間にとってはあたりまえのことをすっかり忘れてしまっている。まぁ、そうだろう。幽霊が仕事をしているところなんて見たことがない。多分、幽霊には皿を数えるくらいのことしかできないのだ。
「でも私にできそうな仕事がないんです。今のご時世、介護や警備やレジ打ちくらいしか求人がないのです。でも私の身体はすうっとレジを通り抜けてしまいます。商品を手に取ろうとしたり、タッチパネルを操作しようとしてもすべてすり抜けてしまうのです」
幽霊はうつむきながら言った。いちおう、どんな求人があるかくらいは調べているようだった。少しはこの社会に順応しようとしているのかと思って感心した。確かに実体がないというのは大きなハンディキャップに違いない。実体がなくても目には見える。そこをなんとか活用しなければと私は思った。仮想現実が流行る世界なのだ。実体がすべてではない。
いろいろ思案した結果、私は幽霊を遊園地に連れて行くことにした。お化け屋敷くらいしか彼女の働けそうなところはなさそうだと考えたからだった。
「そこに立っているだけでいいよ」
お化け屋敷の担当者は言ってくれた。実体のある人形に比べると臨場感が半端ないと一瞬で理解したようだった。実体がないがゆえに彼女は本物だった。本物はどこに行っても通用するものなのだ。
「これ少ないですが、今月の分です」
それから彼女は月々の家賃の一部を負担してくれるようになった。
「あそこのお化け屋敷はすごいらしいよ」
彼女の働くお化け屋敷は盛況だった。彼女だけでなく、彼女の友達だという幽霊が総勢10体、雇用されたということだった。リアリティというか精神的に訴えかける何かが益々強化されたということだった。
「今月の分です」
彼女と彼女の友達からも私は家賃を受け取るようになった。総勢10体の幽霊が私のアパートに住みつくようになり、私自身が家賃を負担する必要はなくなっていた。
<他に住むところはないのか?>
家賃はありがたいが、アパートの宙を彷徨う10体の浮遊物を見ながら私は思った。