たこ焼き

「渡辺さんは関西出身ですか? 一家に一台、たこ焼き器があるって本当ですか?」

「今度、おいしいたこ焼きの作り方教えてください」

こちらに赴任して来てから、毎日、たこ焼きのことばかり聞かれていた。それも私に話題を合わせているという感じで、みんなニコニコした顔で聞いて来る。その都度、私は軽くうなずきながら、本当にたこ焼きっておいしいですよねという表情で返事をすることになる。私だって、たこ焼きは好きだが毎日食べている訳ではない。たこ焼き器も昔は家にあったが、今は持っていない。でもそれじゃいけないのかもしれない。近いうちに誰かが私の社宅にやって来て、たこ焼き器がないことを知ってがっかりしてしまうかもしれなかった。そう考えた私は仕事が終わるとホームセンターに立ち寄り、たこ焼き器を買った。穴の十八個あるやつだった。でも置いてあるだけじゃダメだと思った。おいしいたこ焼きが食べられると思って我が家にやって来た人たちは、新品のたこ焼き器だとがっかりするに違いなかった。サラダ油がしっくりなじんだいかにも使い込まれた、たこ焼き器でなければ、彼らはきっと納得しないだろう。そう思った私はこれからしばらくの間、毎日たこ焼きを作ろうと考えた。本当のことを言うと、私はたこ焼きのことをほとんど知らなかった。中学生の頃に何回か作ったことがあるだけだった。その時は、よくわからないが母親が突然、たこ焼き器を買って来たのだった。おそらく彼女は単調な毎日の生活に何らかの変化をもたらしたかったのだろう。そして普段はお手伝いをしない私だったが、その時は物珍しさのせいか一生懸命手伝った。でも、あまりおいしくなかった。なんだか固くて粉臭いたこ焼きだった。お祭りの屋台で売っている、ふわふわとろとろのあの食感とは程遠い代物だった。それ以来、我が家のたこ焼き器が活躍する機会はなく、キッチンの棚の奥で埃を被っているだけの、ただの金属の塊に成り果ててしまった。あの時の過ちを繰り返してはならない。私は固く決心していた。材料は何を使うのだろうと思って、ネットで検索してみた。昔と違って、今は情報が溢れていて、たこ焼きの作り方もいっぱい見つかった。『大阪人直伝』と書いてあるページをクリックしてみた。生地の作り方を見ると、たこ焼き粉と小麦粉の違いが書いてあった。たこ焼き粉には、小麦粉に加えてベーキングパウダー・食塩・かつおぶしや昆布の粉末といった材料がブレンドされていて、卵を混ぜるだけで誰でも簡単に風味豊かな生地が作れるということだった。これじゃダメだと思った。誰でも作れるのなら、たこ焼きを食べに来た人たちはがっかりするに違いない。そこで私は小麦粉をベースに作ることにした。ネットにあるレシピの通りに材料を揃え、そこに書いてある通りに作ってみた。思いのほか、おいしかった。中学生の頃に作ったあの無残な姿でおまけにくそまずいたこ焼きに比べると、とんでもなくおいしいと思った。ふわふわでとろとろでソースと青海苔の香りがほんのり漂う口に入れると少し熱い見事なたこやきだった。私は出来立てのたこ焼きを咀嚼しながら、子供の頃、お祭りの時に食べたたこ焼きのことを思い出していた。少し太った兄ちゃんが千枚通しを器用に扱って、手際よくたこ焼きをピックアップしている。順番が来て、母親から預かった硬貨を渡す。楊枝を家族の人数分刺してもらって、ソースのよく染み込んだあたたかいたこ焼きを受け取る。そのゆくもりを感じながら、家族の待っているところまで持ち帰り、みんなでつついて食べる。あの時のたこ焼きと同じくらいおいしいと思った。だが、まだしっくりこないものがあった。材料も手順も問題はないが、私の技術が追いついていないと思った。焼き方にムラがある。もっと均一に仕上げなければならない。もっと素早く要領よくたこ焼きをひっくり返して見せなければならない。その日から、血の滲むような特訓が始まった。私は毎日、新鮮なたこを持ち帰り、それを焼きまくった。夕食は毎日、たこ焼きになった。そして三か月後、私の技術は職人の域に達していた。あの時の屋台の兄ちゃんの技をも凌駕しているという自負が私にはあった。これなら大丈夫だ。そして私は同僚の山本さんを誘ってみた。

「えっ、たこ焼きパーティですか?」

山本さんは少し引いていた。そこには『関西出身ということだから、あいさつ程度にたこ焼きの話をしただけなのにな』というニュアンスが含まれていた。私は頬があつくほてって来るのを感じた。

「じゃあ、せっかくだから、山田さんも一緒に行きませんか?」

声を掛けられた山田さんは『お前が撒いた種だろう? なんで俺まで巻き込むんだよ』という表情で山本さんを見ていた。私は益々顔があつくなるのを感じていた。なんだかバカみたいだった。あんなに熱心にたこ焼きを作っていた自分が道化のように思えた。いや、道化のようではなくて、道化だった。

「あっ、今度の日曜日は予定がありました。うっかりしていました」

私は山本さんに言った。

「じゃあ、仕方ないですね」

そう言って安堵している山本さんと山田さんを見ながら、お前らに食わせるたこ焼きなんてねえよと関西人の誇りを傷つけられてしまった私は考えていた。

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