AI百景(2)将棋の道

「子供の頃から将棋が好きでした。一日中、ずっと将棋をしていたいと思っていました。そしていつかきっと将棋の道を究めようと子供心に考えていました」

少しはにかみながら彼は言った。その頃、彼は将棋界の期待の星だった。史上最年少で竜王のタイトルを獲得するという快挙を成し遂げていた。

「それから努力を積み重ねてなんとか棋士になることができました。でも子供の頃とは少し様子が違っているかもと思いました。研究にAIが欠かせない状況になっていたのです。他の多くの棋士と同じように私もAIを使って研究を重ね、そのおかげで強くなれました。竜王を獲得することもできました。でも何か腑に落ちないものがありました。強くなったはずの私はAIには絶対に勝てないのです。それで満足できるのだろうか? AIよりすぐれた存在にならない限り、道を究めたなんて言えないじゃないか? そんなふうに思ったのです」

将棋で人間がAIに勝てる時代は過去のものとなっていた。かつてはAIと現役棋士の対戦で盛り上がっていたこともあったが、AIの性能が飛躍的に向上してしまって、どうあがいても人間がAIに勝てないことがわかってしまうと、もう誰もAIとの対戦を望まないようになった。

「AIに負けても悔しいと思わないのがダメかもしれないと思いました。対局を見ている人たちも、どんなに強い人でも一手間違えると負けてしまうところにドラマがあると考えているようでした。それで良いのだろうか? 子供の頃の私が今の私を見たら、がっかりするかもしれないと思いました」

 その後、彼はAIとの真剣勝負に挑み、完敗した。負けた後、ずっとうなだれていた。それからしばらくして引退してしまった。人々は落胆したが、しばらくすると彼のことを忘れてしまった。数年後、将棋界は群雄割拠の時代を迎えていた。絶対王者は存在せず、互いにしのぎを削り合う状況が続いていた。研究に使うAIの性能や精度は益々重要となっていた。古いAIをいつまでも使い続けるのは大切な研究時間を無駄にするのと同じだった。そんな中、画期的なAIが登場した。そのAIは従来のAIとはまったく異なるアルゴリズムを用いて、すばやく最善手を導き出していた。誰もその仕組みを知らなかった。そのアルゴリズムこそ将棋の本質かもしれなかった。そのAIを作ったのはかつて最年少で竜王を獲得した彼だった。

「自分の作ったAIと時々、対局するのですよ。持ち時間に制限を設けずにたっぷりと時間をかけて勝負します。でもいつも負けてしまいます。その時にもっとこうすれば良かったかなといったことをとことん考えます。それが新しいアルゴリズムに結び付く場合もあります。その時、私は思うのです。私はただ将棋が好きなだけなのだと。ずっと将棋を指していたいと思っているだけなのだと」

はにかみながら語る彼の姿を見て、いつかきっと彼は将棋の道を究めるに違いないと私は確信した。