フェルミのパラドックス

 船は着陸態勢に入っていた。とても美しい星だった。地球と同じように緑の大地と青い海が広がっていた。海岸沿いに生命反応とエネルギー反応の高いポイントがいくつかあって、そこには近代的な建物が認められた。

「ようやく任務を果たすことができる」

彼はそう考えていた。長い旅だった。暗い宇宙空間をずっとさすらって来た。どれくらいの時間が経過したのかもよくわからなかった。故郷の星の暦に従ってモニターに日付が表示されていたが、その意味はとっくに失われていた。彼は探査計画が立案された頃のことを思い出していた。反重力エンジンが発明されてから、恒星間航行が一気に現実味を帯びるようになった。重力の開放と遮断により推進力を得るこのエンジンがあれば、核爆発を活用した従来のエンジンに比べて格段の性能向上が見込まれた。また燃料を必要としないため、宇宙船本体の損傷さえなければ、長期に渡る航行が可能であった。だが他にも解決すべき問題はあった。水や酸素や食料はどうするのか? 生態系から切り離された宇宙空間で生命を維持するのはとてもコストのかかることだった。いつまで続くかわからない旅であり、どれくらいの食料を用意すれば良いのかまるで見当がつかなかった。そう考えた時、有人の探査は断念せざるを得なかった。そしてアンドロイドである彼が搭乗することになった。

「これでフェルミパラドックスは解決されるでしょう」

広い宇宙にはきっと私たちの他にも知性を持った生命体が存在するに違いない。だが、どうして私たちは出会うことができないのだろう? 異星人との邂逅を夢見た物理学者に因んでそれはフェルミパラドックスと呼ばれた。そしていよいよそのパラドックスが解決される日が現実のものとなるかもしれなかった。反重力エンジンを備えた宇宙船に搭乗したアンドロイドが他の星に生きる生命体とコンタクトできる日がいつかやって来るだろう。私たちが生きている間には実現できないかもしれない。だがきっといつかその日が訪れるだろう。そして遥か彼方に住む友人を探しに彼が旅立ったのだった。

 夕暮れ時の地上に灯った誘導灯が彼を導いていた。もしかして歓迎してくれているのだろうか? だんだんと地表が近付いて来た。直立歩行をしている生命体が歩いているのが見えた。そして彼を乗せた船は着陸した。

 

「!“#$%&‘」

この惑星の住人たちが使う言語は彼にとっては初めてのものだったが、スーパーコンピューターにも引けを取らない彼の頭脳は瞬く間にその規則を見つけ出し、意味を読み取った。

「お会いできて光栄です。広い宇宙に存在する知的生命体は私たちだけではないと確信していました」

彼らはそう言っていた。姿、形も地球人によく似ていた。彼もまた人間に似せて作られていたので互いに安心して会話することができた。この星の住人も地球に住む人々と同じように考えているのかもしれないと彼は思った。広い宇宙の中で互いに孤立してはいるが、きっとどこかに私たちと同じ存在がいるに違いないと確信している。どうしてそう思うのか?

「そう考えないと寂しいじゃないか?」

そんなことを言っていた学者もいた。

「ささやかではございますが、歓迎会を執り行いたいと思います」

彼らはそう言って、彼のために歓迎会を開いてくれた。それほど人数は多くはない。どうやらまだ一般の人々には彼がこの星を訪れたことは伏せられているようだった。そんなものかもしれない。もしも突然、宇宙船が飛来したら、どう対処するのが最善か迷うことだろう。もしかしたら侵略者かもしれないのだ。何でもいいから情報がほしい。そんなところだろうか?

「お口に合いませんか?」

テーブルに並べられた豪華な料理に一向に手を付けようとしない彼に対して主催者がおどおどしながら聞いた。こんな時に食事に付き合えないのは確かにアンドロイドの欠点かもしれないと彼は思った。

「申し訳ありません。私はアンドロイドなのです。太陽光からエネルギーを吸収して動いています。食事は特に必要ないのです」

そう言うと彼らは目を丸くしていた。科学文明はそれなりに発展していたが、人間そっくりのアンドロイドを目の当たりにするのは初めてのようだった。

 

一週間が過ぎた。彼はどのような目的でここにやって来たのか何度も説明していたが、彼らには腑に落ちない点があるようだった。そうかもしれない。それは目的とは呼べないものなのかもしれない。経済的な理由、軍事的な理由、そういう説明があれば彼らも納得したのかもしれない。

「そろそろ地球に帰らねばなりません」

彼は言った。

「この広い宇宙に私たちの友人がいることを地球の人々に教えてあげなければなりません。それが私の役割なのです」

彼がそう言うと、彼らは一斉に不安げな顔をした。

「ちょっと待ってください。あなたがこの星の所在を知らせたら、私たちの文明を遥かに凌駕した文明の軍隊がなだれ込んで来て、この星の平穏がかき乱されてしまうでしょう」

真剣な眼差しで彼らは言った。

「残念ですが、あなたを帰す訳にはいきません。この星の住人、百億人の命がかかっていることなのです」

彼らの言うことはもっともだった。どう見てもリスクが大きすぎる。それ以来、彼はずっとこの星に拘束されている。地球の人々は何世代にも渡って彼の帰りを待っているかもしれない。だがそれは永遠に実現しないだろう。

「私だけがフェルミパラドックスが解決したことを知っている」

彼はそう呟き、鉄格子の窓から見える星々をただ眺めていた。