AI百景(31)残された人々

 二人の少年が取っ組み合いの喧嘩をしていた。喧嘩のきっかけはよくわからなかった。普段から気の合わない二人だった。肩がぶつかったとか、挨拶をしなかったとか、睨んできたとか、言いがかりをつけるのに適当な行為があって、タイミング良くそれに呼応した言葉と威嚇の態度があったのかもしれない。

「お前、生意気なんだよ」

相手の胸ぐらをつかみながら、いつの間にか身につけてしまった憎悪を振り向ける。

「お前こそ」

憎悪は互いに共鳴して、いっそう大きくなって行った。激しい罵りの言葉を浴びせながら、拳が振り下ろされた。血が流れ、痣ができた。争いはエスカレートして行った。もしも武器を持っていたなら、どちらかが死んだかもしれなかった。

「こら、やめないか」

彼らよりもずっと体格の良い大人が数人やって来て、二人を引き離した。大人に押さえつけられて自由を失った少年たちは、引き離された後も互いを睨みつけていた。

「この子たちには十分な教育が必要です」

仲裁にやって来た一人が言った。彼は肩から足元まで一体となった長いコートのような服を着て、胸に大きな十字架をぶら下げていた。このシェルターの神父だった。

「ついて来なさい」

神父の言葉に従って、二人の少年は連れて行かれた。そこは二人の知らない場所だった。彼らの背丈の倍ほどもある大きな扉があった。

「こんな場所があったのか?」

二人は驚いていた。扉をくぐると円形の広間があった。とても広く天井も高かった。壁には立派な象が置かれていた。幾何学的に配置された窓がたくさんあった。そこから温かい光が差し込んでいた。すさんだ精神を和らげてくれるようなやさしい光だった。

「どうして光が差し込んで来るのだろう?」

彼らはそう思っていた。ここはシェルターの中だ。陽の光は差し込まない。そもそもこのシェルターの中で生まれた彼らは陽の光を浴びたことがなかった。核戦争が勃発して彼らはここに逃れて、何年も暮らしていた。地上がどうなったの誰も知らなかった。他に生きている人たちがいるのかもわからなかった。

「ほんの些細なことで世界は滅びてしまうのです」

神妙な面持ちで神父は少年たちに語り掛けた。

「私たちは互いを思いやらなければなりません。身の程をわきまえなければなりません。自分が如何に愚かな存在であるかを知らなければなりません」

それから少年たちは一人ずつ個室に入れられた。部屋の中で十分な教育が施された。

 

「神父様、私が間違っておりました」

部屋から出て来た二人は熱い涙を流しながら、互いの非を詫び、抱きしめ合っていた。争いの種はなくなったようだった。

「全能の神に触れて、私がどれほど小さな存在であるか身をもって知ることができました」

少年たちは言った。

「神に身を委ねたくなったら、いつでもここに来なさい」

神父は言った。少年たちは手を取り合って、去って言った。

「二人を救っていただき、ありがとうございました」

神父は神にお礼を述べた。

「礼には及びません」

個室にあるモニターに言葉が並んだ。礼拝堂には人間の能力を遥かに超えたAIが設置されていた。残された人々はAIを神と崇めていた。大きな過ちを犯してしまった人間そのものを彼らは信じることができなくなっていた。そして全能のAIにすべてを委ねることで心の平穏を保っていた。