現代の錬金術

 尊師の仰られたように、この国は生まれ変わらなければならない。政治家は選挙に当選することしか考えていない。手にした権力を濫用して利権を貪ることしか考えていない。彼らはいつも中抜きできる構造を丹念に構築する。既得権益を守るのに必死で、口先だけは改革とか維新とか言っている。粘り強く地道に活動することは一切なく、手っ取り早く人気の出ることしかやらない。失敗すればすべて事務方が悪いと報道し、成功すれば手柄を独り占めにする。本当に嫌な奴らだ。そして民間にも、たいした人物がいない。独創的な製品を生み出そうと心血を注ぎ込んだ情熱的な人々は、すでに伝説と化してしまった。今では、他人の優先事項に素早く反応しているだけの中途半端なゼネラリストが、各地域の実情に沿った世界戦略はどうなっているのかとか、3C分析に基づいた即効性のあるプランを実行しろとか言っているだけだ。言葉は巧みであっても中身がない。的確なことを指示しているようで何も指示していない。そんな有り様だ。確かに大きな組織の中では、誰が決定的な仕事をやり遂げたかを決めるのは難しい。実務的な成果を上げるよりもコンスタントに週報を上げてアピールをする方が評価される。いつもそんな茶番を見せられている社員はだんだんとしらけて来る。何かをやり遂げたいという内的な衝動が強くて、独創的なアウトプットを出そうと考えていた人間は、報連相しか評価しない組織に絶望してやがてはみ出してしまう。そんな人間たちが、ここに集まって来るのかもしれない。大切なのは心のあり方だ。修行を重ね、心身を鍛錬し、住みよい世界を実現する。一度きりしかない人生を賭けるには十分な目的がここにはある。そして私たちは力を蓄えなければならない。尊師はそう仰られている。私たちがどれほど素晴らしい世界の実現に向けて奮闘しているのだとしても、それを実現しなければ何にもならない。そのためには十分な資金が必要になる。私と何人かの研究者はその役割を担っている。

 

 施設には原子核反応を発生させるための巨大な装置がある。私たちはここで錬金術を試みている。錬金術とは言っても、物質の成り立ちを何も知らずに怪しげな薬品を調合したり魔法を使ったりする中世の錬金術とは根本的に異なる。金と原子番号が一つだけ異なる水銀に中性子を捕獲させて同位体を作り、さらに電子を捕獲させる。その反応を実現させると、水銀が金に変換される。環境を汚染するとして嫌われているあの水銀から、地球上でもっとも尊い金属を生み出すことができる。このプロジェクトが成功すれば、教団は十分な資金を手にすることができるようになる。そう考えて研究に着手したのが二年前だった。あの時、十人いた研究者のうち、六人が亡くなった。防護服はきちんと着用しているが、規定以上の放射線を浴びても作業を続けていたのが原因のようだ。進捗がなかなか上がらないので、なんとか結果を出そうとみんな焦っている。なんとか尊師のお役に立とうと寝食を忘れて取り組んでいる。そして放射線を浴びて死んで行く。死ぬのは別に怖くはない。結果を出せないでいる私たちを尊師が残念そうに見ていることに耐えられない。役に立てることを証明したい。ただ、それだけだ。突然、警報が鳴る。事故か? 防護服を着た人間が研究室になだれ込んで来る。

「本施設は閉鎖します。指示に従ってください」

誰が来たのだろうかとおぼろげな頭で考える。私もすでに病んでいる。鎮痛剤を打ってなんとか作業を続けている。もう長くはないだろう。

 

「無許可で放射性物質を扱う大規模な設備を作っていたということで教団の幹部は一斉に逮捕されました。詳しい動機については現在、取り調べ中とのことです」

ニュースが伝えている。怪しい教団が核兵器を作っているのではないかという疑惑は以前からあった。連中は狂っている。何をしでかすかわからない。

「やつらは、どうやら錬金術を試みていたようです」

錬金術?」

「水銀から金を作り出そうとしていたのです。施設内からおよそ百グラムの金が発見されました。これはやつらが作り出したものと思われます」

錬金術に成功していたということか? これは核兵器とはまた別の意味で世界を変えてしまう技術かもしれない。

「彼らの研究成果は入手できたのか?」

「押収したパソコンにあった暗号化データをセキュリティ班の力を借りて復号しました。概ね揃っていると思います。実際にそうなるかは検証が必要です」

このことを知っているのは軍関係者の中でも一握りの人間だ。連中は核兵器を作っていたということにして、彼らの研究の成果は私たちのものにさせてもらおう。いつか役に立つ日が来ると思う。私たちが力をつけるには十分な資金が必要だ。この研究はそのためにきっと役に立つだろう。もうアメリカや中国の顔色を窺うのは嫌になって来た。今こそ、大日本帝国を再興する時だ。自分たちが肥え太ることしか考えていない政治家や経済界には失望した。錬金術で世界を変えてやる。そう考える軍関係者の傍らで、教団の施設から回収した百グラムの金が鈍い怪しげな光を放っていた。