「僕は大きくなったら宇宙飛行士になるんだ」

正樹くんは言っていた。それは子供らしい夢だったが、彼なら本当に宇宙飛行士になってしまうかもしれないと、その時、僕は思った。正樹くんはとても運動神経が良くて、頭も良くて、誰とも分け隔てなく話ができて、おまけにひょうきんなところもあってクラスの人気者だった。だから彼が引っ込み思案の僕と一緒にいたがることを僕は不思議に思っていた。彼ならもっと賢い子やスポーツの上手な子や、あるいは彼に夢中になっている女の子たちと一緒に楽しい時間を過ごせるはずなのだ。それなのにどうして僕と一緒にいるのだろう? 僕はずっとそう思っていた。

「哲也くんは大きくなったら何になるの?」

正樹くんに聞かれた。大人になったら何になるか? 時々、一人で考えてみることはあった。僕に何ができるだろう? スポーツは苦手で人としゃべるのも苦手だった。正樹くん程ではないが、勉強はそこそこできる方だった。そんな僕にできそうな仕事って何だろう? 僕は何をやりたいのだろう? そう自分に問いかけていた。いや、そうじゃない。本当は何になりたいか、僕にはわかっていた。僕はその頃、宇宙について書かれた本をお父さんに買ってもらって、それに夢中になっていた。本には精彩で美しいイラストがふんだんに盛り込まれていた。そこには宇宙の何処かで繰り広げられている劇的で不思議な現象が描かれていた。人間の存在なんてちっぽけだと思わせる壮大な出来事について、僕のようなちっぽけな人間が考えても良いということが、とても素晴らしいことのように思えた。この本を書いた人のようになりたい。僕はそう思ったが、そのことを誰かに話すのは憚られた。それは天文学者になるということだった。それを口にした途端、誰かに笑われるのではないかと思った。お前なんか何にもなれないと笑われてしまうのではないか? そう思って僕は口をつぐんでしまうのだった。でも正樹くんは興味津々といった目で僕を見ていた。

「僕は大きくなったら天文学者になりたい」

正樹くんの真剣な眼差しについ考えていたことが言葉になってしまった。

「そうか! じゃあ僕たちは二人とも宇宙を目指すということだね!」

正樹くんはうれしそうに言った。その時、僕は涙が出そうな程、うれしかった。正樹くんが友達で本当に良かったと思った。

 

「こんばんは! 今日もおじゃまするよ!」

一人暮らしをしている僕のアパートに正樹くんがやって来た。夢を語り合ってから一年後に彼は交通事故に遭って死んでしまった。そこで彼の時間は止まってしまった。それから半年くらい僕はまともに口が聞けなかった。哀しみに沈む僕を慰めるように彼は幽霊となって僕の前に現れるようになった。

「就職活動はうまく行っているかい!」

正樹くんは言った。あれから彼との約束を果たそうと、なんとか天文学科のある大学に進んだ。それからも必死に勉強したが、そこには僕よりも優秀な人間がたくさんいた。天文学科に進むには、そういう連中を押しのける実力と才能が必要だった。そして僕は研究者になることを断念して、就職活動をしていた。卒業したら、自分の力で食って行かなければならない。子供の頃に抱いた夢は潰えようとしていた。

「なんとか二社、内定をもらったよ」

「それは良かった」

正樹くんは喜んでいた。でも本当に喜んでくれているのだろうか? 僕はふと思った。あの時、二人で語り合った夢。彼が生きていたなら、彼は夢を実現させたに違いない。せめて生き残った僕が彼の分までがんばって、あの時、語り合った夢を実現しなければならないと、ずっとそう考えて生きて来た。でも力及ばず、こんなことになってしまっている。

「ごめんね」

正樹くんに僕は謝った。自分の不甲斐なさを詫びたい気持ちでいっぱいだった。

「あの時、一緒に夢を語り合ったのに。こんなふうになってしまってごめんね」

小さい声で僕は言った。

「何を言っているんだい? 君はいつもがんばって来たじゃないか? それにこれからは自分一人の力で生きて行こうとしているじゃないか? それはとてもすごいことだと僕は思うよ」

正樹くんがそう言った瞬間、僕は気持ちが昂って泣き出してしまった。小さな子供のように声を立てて泣き出してしまった。

「二人で一緒に宇宙を目指そうって誓ったのに・・・」

僕は嗚咽が止まらなくなっていた。

「今夜は星がきれいだ。外に出てみよう」

僕が泣き止むのを待って正樹くんが言った。そして僕たちは外に出た。街灯りが邪魔していたが、子供の頃と変わらず、星は輝き続けていた。私たちの目の前に宇宙が広がっていた。

「いつだって宇宙は僕たちの目の前にあるじゃないか?」

正樹くんが言った。僕はただ頷くばかりだった。そして僕たちは一晩中、目の前に横たわる宇宙と語り合っていた。