「これであなたもすぐに永遠の命を手に入れることができます」
技術の進歩には目覚ましいものがあった。人類はとうとう永遠の命を手に入れたということで人々は狂喜していた。
「有機物の身体にはやがて限界が訪れてしまいます。その前に機械の身体へ移行させれば良いのです。もちろん、脳に蓄積されたあなたの大切な記憶はすべて電子データとしてシリコンディスクに移します」
担当者は丁寧に説明してくれていた。
「そうすると今のこの身体とはさよならということになってしまうのですね?」
私はチラッと相手の顔を覗き見ながら言った。
「そういうことになります」
担当者は言った。それは誰にとっても一大決心に違いなかった。永遠の命を得る代わりにこの身体を失うというのはちょっと耐え難いことのように思えた。機械の身体になってしまったら、食べる喜びを失ってしまうだろう。美味しい料理に舌鼓を打つ。生きている素晴らしさというのはそういうところにあるのではないかと私は考えている。酒に酔いしれる心地良さも失ってしまうだろう。そして性行為から快楽を得る機会も失ってしまうだろう。私は肉欲に溺れるタイプではないと思っているが、パートナーと快感を分かち合うセックスはとても重要なことだと思っている。そんな素晴らしいひと時が人生から無くなってしまったら、それでも生きていると言えるのだろうか?
「どうされますか? 手術されるのであれば予約が必要となります。三か月くらい見ておいてもらえれば十分かと思います」
担当者はとっととまとめてしまいたいようだった。
「すみません。今のところ保留ということにさせてください」
「そうですか。なかなか思い切れないですよね。わかりました。また、何かありましたら連絡をお願いします」
そして私は永遠の命を保留しつつ、普段通りの生活に戻った。そして仕事もプライベートも充実した日々を過ごしていた。生きているというのは素晴らしい。機械の身体になってしまったら人生なんて楽しめる訳がない。そう考えていた。だが加齢と共に身体機能が低下して行くのは避けられなかった。年に一度の健康診断を受けて、すべての項目が問題なしという訳にはいかなかった。
「精密検査を受ける必要があります」
診断結果が良くないということで私は産業医に呼び出された。そして病院に検査に訪れた。
「すぐに手術が必要です」
病院で検査を受けるや否や医者に言われた。急速にがんが進行しているということだった。手術は成功したが、しばらくは抗がん剤で打ちながら様子を見ることになった。術後の経過を主治医が説明に来た。
「転移が予想以上に速く進んでいます。このままでは・・・」
「どういうことですか? まさか死ぬのですか?」
「長くて三か月というところです」
「そんな・・・」
突然の事態に私は打ちのめされていた。もうこの身体はもたない。全身にがんが転移して機能を停止してしまう。そして私はこの世からいなくなってしまう。仕方がない。そうなる前に機械の身体に移行するしかない。私は決心して電話をかけた。
「すみません。いますぐ機械の身体に移行したいのです。申し訳ありませんが、手配をお願いします」
私は事態が切迫していることを説明した。
「すみませんね。先約がありますからすぐにという訳にはいきません」
「確か三か月くらいかかる場合があるということでしたね」
それならギリギリなんとかなる。それまでは何が何でも生き延びてやる。私はそう考えていた。
「いや、最近とても人気が出て来ましてね。もう在庫が空なのです。受注生産になりますね。すみませんが一年待ってください」
「一年・・・」
人生の喜びを謳歌しようとした私は、どうやら人生で最大の失敗を犯してしまったようだった。