不老不死と人体実験

「いつになったら不老不死が実現できるのでしょう? 資金と時間は十分にあったはずです。設備もこれ以上のものは望めないくらいのものを用意しているつもりです」

ハリル王子は苛立っていた。

「今しばらくお待ちください。不老不死を実現するためには、がん化を防ぎながら体細胞のテロメラーゼ活性を恒常的に実現する必要があります」

主任研究員のアダムズ教授が答えた。

「それはもう何度も聞きました。私はいつ実現できるのかが知りたいのです。そのために必要なものがあれば何でも用意するつもりです。今までだって十分支援してきたつもりです」

「おっしゃることはよくわかります。ですが、やはり不老不死というのは簡単には実現できません。今までに誰もそれを成し遂げた者はいないのです」

「そんな泣き言を言っても仕方がないですよ。じゃあできないのですか? できないことがわかっていて資金を出させているのですか?」

ハリル王子は国王の指示を受けて不老不死の実現を急いでいるという噂だった。ハリル王子の父である国王はすでに九十歳を超えていることもあって身体機能の低下が著しく、寝たきりの状態が続いていた。

「しばらくお待ちください。マウスとチンパンジーでは概ね成功しているのです。方向性は間違っていないはずです。あとはなんとかしてヒトの体細胞に適合させれば良いだけです」

「それを聞いてからもう三か月経っています」

「申し訳ございません。動物と違って人体で試すという訳には行かないのです。慎重を期しているのでどうしても時間がかかります」

「実験に必要な人体を用意すれば研究は加速されるということですか?」

「そんな。人体を用意するなんてとんでもないことです」

「アダムズ教授。質問に答えて下さい」

「人体を使えば上手く行くかもしれません」

「わかりました」

 

 やせ衰えた病人がベッドに寝かされていた。全身にがんが転移しており、余命は僅かだった。彼の隣にも、その隣にも、瞳から光を失ってただ漫然と死を待つだけの病人が寝かされていた。彼らの身体は不老不死の実験に利用されたのだった。アダムズ教授は作用が少しずつ異なる薬を個別の人体に投与していった。生きた身体を使うことで研究は飛躍的に進んだ。犠牲になった人体の数に比例して研究の成果が上がった。初めは躊躇いのあったアダムズ教授だったが、一人目の犠牲者を出してからは倫理観も道徳観も麻痺してしまったようだった。自分に与えられた役割を果たすということ以外、何も考えないようになった。人体実験は来る日も来る日も続いた。ハリル王子は毎日やって来た。その都度、報告が行われた。

「百名に投与したところ、八十五名は一週間以内に死亡しましたが、残りの十五名についてテロメラーゼ活性が二週間継続することを確認しました。そのうち十名は一か月後に死亡しました」

「被検体はまた補充するので研究に専念してください」

ハリル王子は言った。

 

「父上。ようやく不老不死の薬が完成しました」

国王の寝室を訪れたハリル王子が言った。うっすらと目を開けて息子の言葉を聞いていた国王はこっくりと頷いた。付き添いの医師が国王の上半身を起こし、看護士が口を開かせて薬を飲ませた。別の看護士が水の入ったグラスを国王の口元にあて、グラスを傾けて水を飲ませた。これで国王は不死を得たのかもしれなかった。だがすでに皺だらけの肌で身体機能の衰えも顕著であったため、老いが止まったのかはよくわからなかった。

「父上は相変わらず寝たきりだ」

ハリル王子には不満があるようだった。

「本当に不老不死の薬は完成したのかね?」

ハリル王子はアダムズ教授に尋ねた。

「百人の被検体すべての体細胞でテロメラーゼ活性が確認されています。がん化も生じていません。薬の効果は完全に立証されています」

アダムズ教授は答えた。

「死は訪れない。老いることもない。父の年齢だと死なないことは確認できても、老いが止まったことまでは確認できない」

「それは仕方のないことです。もっと若い方に適用すれば、いつまでも若いままでいられるということが確認できると思います」

アダムズ教授は言った。

 

 アダムズ教授の言葉を信じてのことか、あるいは教授の言葉を待っていただけなのか、ハリル王子は自ら不老不死の薬を服用した。国王の指示ということだったが、本当は自分が不老不死を手に入れたかっただけなのだろうと王宮では囁かれていた。

「私は本当に不老不死を手に入れたのかね?」

何かある度に彼はアダムズ教授に尋ねた。

「王子様の体細胞のテロメラーゼ活性は維持されています」

アダムズ教授はいつもそう答えていた。

それから一年が過ぎた。老化は止まっているのだろうかと鏡を見ながらハリル王子は考えていた。鏡に映っている自分は一年前と変わりがなかったが、実際に老化が進んでいた場合も一年程度では区別がつかないものかもしれなかった。十年、あるいは二十年くらい経てば、効果が確認できるに違いないとハリル王子は考えていた。

 

 翌年、革命が勃発した。華やかな王族の生活の裏側には、貧困にあえぐ大勢の国民がいた。その我慢が限界に達したところで軍が寝返り、独自の政権を樹立するに至った。王族はその力を著しく弱体化させられたが、国民の中には王族を慕う者も少しはいたので、その処遇については革命委員会での議論が続いていた。その折、不老不死を実現するために人体実験が行われていたことが国王の付き添いの医師の証言により発覚した。首謀者であるハリル王子とアダムズ教授は直ちに逮捕され、裁判が行われた。人体実験の被害者は千名を超えるということであり、その報道がなされると国民は一斉に不満を爆発させ、『ハリル王子に死刑を』というプラカードを持った大衆が王宮に押し寄せた。緊急の裁判が行われ、ハリル王子とアダムズ教授には死刑が宣告された。

 断頭台が二つ並んでいた。首と両腕を突き出した姿でハリル王子とアダムズ教授が断頭台に固定されていた。広場には怒りに満ちた国民が大勢集まっていた。その様子を眺めながら、ハリル王子はまたアダムズ教授に尋ねた。

「私は本当に不老不死を手に入れたのかね?」

アダムズ教授は返答をためらっていた。その時、執行人の合図と共にギロチンが勢いよく滑り落ちて来てアダムズ教授の首を刎ねた。落ちた首は地面を転がり、ハリル王子の方を向いて薄気味悪く笑っていた。