百体のダビデ像

 採掘場の近くにある工房でロボットアームがダイヤモンドでコーティングされた鋭い先端で大理石を削っていた。直方体の大理石から瞬く間にミケランジェロダビデ象が削り出されて行った。巨人ゴリアテに立ち向かう勇敢な少年の彫刻。そこには人間の持つ美しさと力強さと誇り高さが表現されていた。静から動へと移り変わる緊迫した一瞬が表現されていた。それはルネサンス期、あるいは芸術全般の歴史の中でも最も輝きを放っている作品であり、模倣品であったとしても均整の取れた美しい身体を削り出す匠の技は、十分に評価されるに違いなかった。だが削り出しているのは職人ではなかった。ロボットアームは休みなく稼働していた。採掘して来た大理石から何体ものダビデ像を削り出していた。

 工房(それは工房というよりはどちらかというと工場のように思えた)の保管室には百体のダビデ像が保管されていた。画像検査によって三次元的にスキャンして欠陥がないことが確認された後、顧客のもとへと出荷されるということだった。

「あなたにとって芸術とは何でしょうか?」

私は工房の主に聞いてみた。

「さあね。私にはわからない。あなただって美術館に何体ものダビデ像が置いてあったらそう思うでしょう。あれは一体しかないから人々に感銘を与えるのですよ」

確かにその通りだった。百体のダビデ像は私に何の感銘も与えず、ただ不気味に立っているだけだった。

「ロボットアームは緻密な作業で精確に像を削り出します。ダビデ像だけじゃないですよ。プログラムを変更すればピエタだってサモトラケのニケだって何でも作れますよ」

ロボットアームは地球上のどの職人よりも素早く精確に像を削り出すことができた。大理石にノミを打ち付けて人間や動物を削り出す職人の姿は、現場を知らない人々の想像の中にしかいないようだった。

「職人が大理石に命を与えるとか、息吹を吹き込むなんてことは、今ではあり得ないです。あらゆる分野で加工精度が飛躍的に向上しています。彫刻だって同じことです」

産業革命イノベーションは芸術家が活躍する領域をどんどん侵食しているのかもしれませんね。でもロボットアームはプログラムで指示された通りの形を削り出すことはできても形そのものを考えることはできないじゃないですか? 喜びや悲しみや誇りや崇高さや、暴力と平和、神と悪魔、そうした永遠のテーマを追求すること。それが芸術家の使命ということであれば、大理石を削る作業から解放されることでより創造的な作業に没頭できるのではないでしょうか?」

「そうかもしれませんね。でもその分野もまたテクノロジーの恩恵を受けられるようになって来ています」

彼がそう言ってパソコンを操作すると、いくつもの画像が表示された。各々の画像には固有のポーズがあった。スクロールして画像を眺めていると人体が表現し得るあらゆるポーズ、あらゆる表情があった。神や悪魔に対して人々が持つイメージも含めて、人体の表現し得るすべてが網羅されているように見えた。

ピエタの抑制の効いた悲しみも、この中に含まれています。キーワードを入力すれば良いのですよ。『抑制』『悲しみ』という感じでね。そうするとキーワードに該当する画像が検索して表示されます」

彼はそう言ってまたパソコンを操作した。そこにはピエタと同じように『抑制の効いた悲しみ』を表現した画像がいくつも並んでいた。

「人間の感情は表現され尽くしてしまったということで抽象的な形を彫刻にしている前衛的な人たちもいます。でもそれこそコンピューターの得意な処理でしてね・・・」

彼は自嘲気味に言った。高度に発達したテクノロジーはいつも彼よりずっと前を走っているようだった。