「鈴木さん。そろそろ腸と腎臓も取り替えた方がいいですね」
毎月行われる健康診断で医者に言われた。近年の医療技術のめざましい発展の結果、人工の臓器が安価に手に入るようになり、がんやその他の疾患で使えなくなった臓器は簡単に取り替えることができるようになっていた。私もすでに人工心臓と人工肺を使っていた。
「すみませんが、取り替えてもらえるでしょうか?」
「来月の九日以降なら予約できますよ」
医者は看護士に翌月の人工臓器取り替え予約システムに私の予約を入れるよう指示してくれた。
翌月になって人工腸と人工腎臓に取り替えてもらった。家に帰って来て、服を脱ぎ、鏡の前に立ってみた。腹部はほとんど機械になってしまった。これが私なのかと思うと少し残念な気持ちになった。それからしばらくは問題なく暮らしていたが、いつしか歩くのが億劫だと感じるようになった。バランスをうまく取れずに転んでしまうことも度々あった。
「鈴木さん、どうしたのですか? 元気がありませんね?」
翌月の健康診断で聞かれた。
「歩くのが億劫になって来ましてね」
「そうですか。足の機能が思った以上に低下しているようですね。取り替えてみたらどうでしょうか?」
最近では人工の臓器だけでなく、人工の手足も用意されているようだった。
「そうですか。じゃあ足を取り替えます」
「足だけでいいですか? 手も一緒に取り替えた方が良いですよ。どうせいつか取り替えることになるのですから」
そして私は医者の勧めに従い、手足を取り替えた。鏡の前に立ってみた。首から下はすべて機械の身体になっていた。映画に出て来る異形の姿のアンドロイドみたいだった。そこに立っているのが自分と認めるにはかなり抵抗があった。
その後も健康診断は続いた。頭以外はすべて機械になってしまっていたので健康診断というよりは車検のようなものだった。各部の機械がうまく動作しているか調べるという感じだった。
「鈴木さん。大変です。驚かないで聞いてください。脳腫瘍が見つかりました。このままでは脳が機能を果たせなくなってしまいます」
脳がダメになってしまうのか。これでいよいよ私も死ぬのかと思った。
「どうしますか? 取り替えますか?」
「取り替えるって何を?」
「頭に決まっているじゃないですか。シリコンベースの電子脳が開発されたのを知りませんでしたか?」
「でも、頭を取り替えたら私じゃなくなってしまうのではないでしょうか?」
「大丈夫です。鈴木さんの記憶はすべてシリコン脳に転送されます。それできちんと自我同一性が確保されます。シリコン脳に取り替えてしまえば病気知らずの素晴らしい身体が完成しますよ」
医者の言っていることは正直なところよくわからなかった。でも放っておいたら死んでしまう。どうせ死んでしまうなら取り替えた方が良いのかもしれないと思った。
「すみません。じゃあ来月、取り替えてください」
そして私は頭を取り替えた。鏡の前に立ってみる。全身が機械の身体だった。顔も作り物だった。人工骨と人工皮膚で生前の顔を再現していた。作り物の顔なので、身分証明書の写真はもう役に立たないような気がした。それはもう私自身であることを保証していなかった。住民票と印鑑証明も私であることを証明してくれるとは思えなかった。でもシリコンの脳に取り替えても、こうして記憶の一貫性が保たれている。きっと私は私個人の属性である何かを保持し続けているのだと思った。
「鈴木さん。元気ですか? 頭も心臓も手足も順調に稼働しているようですね。ところで鈴木さんの資産ですが、当協会に全額寄付してもらえないでしょうか? もちろん鈴木さんの自由な意志で決めてもらって構わないのですよ」
翌月の健康診断で医者が言った。私は喜んで了承した。いつの頃からか、財産を全額寄付するのはとても良いことだと私は考えるようになっていた。