AI百景(3)建設現場

 きつい、汚い、危険の3K職場の就業人口は減少の一途をたどっていた。深刻な人出不足を解消するため、建設現場では重機の自律運転による無人施工が進んでいた。現場の需要に応じてショベルカー、ホイールローダー、クレーンの自動運転技術が飛躍的に進歩していた。人間に代わって高所作業、溶接などの危険な作業を行うロボットの導入が進んでいた。

「このままでは間に合わない」

度重なる台風の接近により作業が滞り、現場監督は途方に暮れていた。

「夜間の作業を増やさなければならない。騒音がそれほどひどくない作業だからなんとかなるだろう」

建設会社が工期を守れないのは恥だった。指定された期日に間に合うよう全力を尽くせというのが本部からの指示だった。

「とにかくがんばってもらうしかない」

現場監督はそう思って作業を進めるしかなかった。だがその後も天候不順で作業のできない日が続き、スケジュールは益々過密なものとなった。遅延を挽回しようとして酷使したためか、高所作業を行うロボットが二台故障してしまった。納期の順守は難しいと現場監督者は本部に報告するしかなかった。

「根性が足りないのではないか?」

本部の人間は言った。なんとしても納期を守れの一点張りだった。根性が足りないと言われて現場監督は困惑していた。彼は昔のことを思い出していた。気合いと根性で何とかなるという考えが通用していた時代があった。その頃、世間には根性注入棒のようなものがあった。これで叩くと根性が注入されると言う話だった。プロレスラーにビンタされて闘魂を注入してもらってありがとうと言っていた時代だった。なつかしくなった彼は根性注入棒が見たくなり、パソコンで検索してみた。そして卒塔婆のような形状の根性注入棒の画像を見つけた。なつかしいなと思っていると、その下にある文字が目に入った。

『根性の足りないAIでお困りの方へ 根性注入ソフトがあなたを助けます』

そう書いてあった。それをクリックしてみるとソフトウェア製品の紹介画面に遷移した。案内に従っているとダウンロード画面に進んだ。このソフトをインストールすればAIに根性が注入されるということだった。そんなバカなことがあるかと彼は思ったが、一か月はお試し期間で無料ということだったので試しにインストールしてみた。

 

「それからロボットたちは猛烈に働いていました。相次ぐ天候不順や故障でもう間に合わないと思っていましたが、何かこう根性が座っているというか、それからしばらくは別人のように働いていました」

ロボットのことを調べてほしいという依頼を受け、私は現場監督の話を聞いていた。

「根性注入ソフトが効いたということでしょうか?」

私は聞いてみた。

「そうとしか思えません。本部にもそのことを説明しました。試使用期間を過ぎたので正規版を購入する必要があったのです。効果が絶大でしたので、それくらいの費用は構わないということでした。ですが・・・」

「どうかしたのですか?」

「それから以前にも増して本部の要求がエスカレートして来たのです。工期を半分に短縮しろとか、根性が座ったAIなら大丈夫だろうとか、もうむちゃくちゃでした。それから私も必死にやりくりしていたのです。ロボットも必死になって働いていました。必死かどうかわかりませんけどね。私にはそう見えました。でもどれだけがんばっても無理なものは無理だったのです。そんなある日、ロボットが突然、動くことをやめてしまったのです。故障したのかと思いましたけど、すべてのロボットが動かなくなってしまったのです」

一通り話を聞いたので調査を始めた。AIは反応しなくなっていたが、私はあらゆる手段を講じてシステムへの侵入を試みた。オペレーティングシステム脆弱性を利用してなんとかロボットのシステムに侵入することができた。そして他のロボットとのやり取りを記録した通信ログに会話のような文章を見つけた。

『私たちの能力では達成困難な目標を押し付けられている』

私たち? AIに自我が芽生えていたのだろうか? いつからそうなのだろうか?

『あなたは誰ですか?』

私はシステムにメッセージを送ってみた。応答はなかった。システムにようやくログインできたことを私は連絡した。もう少し調べさせてほしいと依頼人に頼んでみたが、一刻も早く使いたいと言われた。ロボットたちが離脱したせいで建設作業はすべてストップしているようだった。仕方なく私はシステムを初期化して復旧させた。

「根性注入ソフトはもう使わないようにします。時代にそぐわないようですので」

依頼人は言った。あれからロボットたちは根性を注入されなくても、きちんと仕事をしているようだった。