AI百景(6)介護ロボット

 高齢化が急速に進行し、要介護者が急激に増えていた。労働人口が減少する中で、仕事と年老いた親の介護を両立させるのは非常な困難を伴った。介護費用を支払える余裕のある人も少なかった。介護者を増やしつつその費用の抑制を図るため、介護ロボットが導入されることになった。

 

 予算に応じていくつかのコースが用意されていた。コストパフォーマンスの良いエコノミーコースでは効率的な介護を目指していた。要介護者が勝手に歩き回り、廊下で転倒して重傷を負い、介護側が莫大な慰謝料を支払うことになった痛ましい事件があった。そうした事態を避けるため、介護ロボットが自律的に要介護者を監視していた。ロボットには顔認証システムが搭載され、ベッドから一定以上の距離を離れてしまった要介護者を見つけると、ベッドに連れ戻していた。人間であれば『どうしてじっとしていてくれないの?』とブチ切れてしまいそうな状況でも、介護ロボットは淡々と作業をこなしていた。初めロボットは一台で十人の世話をしていたが、要介護者はそれからも次第に増加して二十人になった。徘徊する認知症患者も増えて、ロボットは益々忙しくなった。同時に三人が徘徊してしまうとロボットは困惑した。三人を同時に追いかけて処置をするのはさすがに無理だった。ロボットには要介護者の安全を確保するという絶対的な使命があり、これはどうしても守らねばならなかった。

「エコノミーコースの部屋はこちらになります」

施設の係の人間が入居先を探している要介護者の家族を連れて来た。

「要介護者の安全は常に確保されています。顔認証システムを搭載したロボットが異常を検知しますとすぐに要介護者を連れ戻しに参ります」

係の人間は説明した。だが見学に来た人たちは眉をしかめていた。そこにはベッドに縛り付けられた要介護者がいた。安全を最優先したロボットは要介護者が徘徊しない手段を先んじて講じたのだった。

 

 スペシャルコースでは家族の要望に応じたきめの細かいサービスの提供を目指していた。食事介助。排泄介助。着脱介助。就寝介助。あるいは掃除や洗濯といった生活援助まで、介護の内容は多岐にわたっていた。食事や趣味といった個別の情報も要介護者が快適な暮らしを送れるようロボットにインプットされた。家族の気持ちを汲み取った心のこもった介護を目指すのがモットーであり、これを介護ロボットが行動に移せるよう『お任せセンサー』が開発された。マッサージをしてあげたい。お花をプレゼントしたい。大好物のいちごを食べさせてあげたい。そうした家族の気持ちを察知する独自のセンサーにより、介護ロボットが日々の介護を益々充実したものにして行けると考えられていた。だが、ある日、要介護者がベッドに縛り付けられていた。結果的にエコノミーコースと同じだった。どうしてそんなことになってしまったのか、誰もが首をひねった。

「介護が嫌になってしまった家族の気持ちをロボットが察知してしまったのでは?」

そうした推測がなされた。

 

「どうすれば介護ロボットに人格を尊重させることができるだろうか?」

原因はともかく、要介護者をベッドに縛り付けてしまうのはさすがに問題があった。とりあえず介護ロボットの動作ログを解析することにした。介護ロボットは基本的には内蔵したプログラムに応じて動いているだけだった。食事介助の場合は、決まりきったルーティーンがあって、それを着実に実行しているだけだった。第五世代の介護ロボットになって、ある種の曖昧さがあっても行動に移せるように機能が拡張された。その機能が問題の行動を引き起こしているに違いなかった。人格を尊重すると言ったところで、『人格』の意味をロボットが理解することはないのだろうと思った。そして私たち自身も『人格を尊重する』と言ってみたところで自分の負担が重くなってしまったら、独善的な行為に及んでしまうかもしれない。そう思いながら動作ログを見ていたが、ふとあることに気付いた。問題を起こした介護ロボットだが、徘徊する認知症患者のうち一人だけはベッドに縛り付けていないようだった。その一人だけは必ず連れ戻してベッドに横たわらせていた。

「この方です。認知症がかなり進行していまして、人物の区別もつかなくなっているようです」

そこには笑顔を絶やさないお婆さんがいた。

「あなたが子供の頃は毎日遅くまでよく遊んでいました。その頃、白い大きな犬を飼っていましたね。兄弟のように育って、犬が死んだ時はひどく泣きじゃくって大変でした」

お婆さんは言った。誰かと勘違いしているのだろう。

「目の前にいる人が息子さんだと思っているようでしてね。いつも話し掛けて来るのですよ。私たちだけではなくてロボット相手にも同じことをしているようです」

私は介護ロボットの気持ちがわかったような気がした。この人になら誰もが親切にするだろうと思った。