AI百景(39)フェイク

「私はやってません!」

スーパーで万引きをしたかどでA氏は取り調べを受けていた。店内のカメラで撮影された動画が証拠として提出されていた。そこにはA氏が日用品を手に取り、次々に袋に収める様子が映っていた。A氏はそこそこ知名度のある会社で勤続二十年という真面目な人物のようだった。取り調べの担当者は、どうしてそんなつまらないものを盗んでしまったのかという半ば同情の入った視線をA氏に向けていた。きっと出来心でやってしまったのだろう。誰にでもそんな瞬間があるものだ。担当者はそう考えて自分を納得させていた。

「その時間は仕事をしていました。私であるはずがありません」

A氏は執拗に抗議していた。ここまで確実な証拠がありながら、往生際が悪いと担当者は考えていた。だが平日の午後三時にサラリーマンがスーパーで万引きというのも、おかしな話だった。A氏の言う通り、普通なら仕事をしているはずだ。その時、担当者の上司が聴取室に入って来た。

「この度は誠に申し訳ございませんでした。弊方の軽率な判断で不快な思いをさせてしまいました」

上司は丁重に謝罪した上でA氏を解放した。A氏はそれみたことかという表情をしながら部屋を出で行った。

 

「どういうことですか? 画像がフェイクでないことは確認済です」

A氏が去った後、担当者は言った。

「画像がフェイクでないことはわかっています。その中に映っている彼がフェイクなのです」

どうやら画像に映っているのはA氏そっくりの姿をしたロボットのようだった。担当者は芸能人そっくりのロボットがテレビに出ていたことを思い出した。

「まったく面倒なことになりましたね」

これから困ったことが続きそうだと彼らは考えていた。量産効果でロボットのコストが下がっていた。姿だけでなく声も特定の人物と同じにすることができた。恋人が浮気している。信頼していた人がとんでもないことを言っている。それは本人ではなくてロボットかもしれなかった。そういう類の事件が頻発する時代になったのだと彼らは考えていた。

 

 取り調べから戻って来たA氏はほっと息をついていた。苦労して築き上げて来た信頼や社会的ステータスが一瞬にして失われてしまうかもしれない時代に生きていることを彼もまた自覚していた。翌日、A氏はいつものように出社した。でも本当はA氏が出社したのではなくて彼そっくりのロボットが出社したのだった。ロボットは勤勉に働いていた。同僚や後輩の相談に対しても親身になって時間を割いて対応していた。社内でのA氏の評判はすこぶる良かった。その頃、本物のA氏は冷房の効いた部屋でソファに座り、映画を見ながらポテトチップを齧っていた。