二千年後の人類

「これが二千年後の人類の姿です」

未来生物学の権威として名高いK教授はそう言ってスクリーンに想像図を映し出した。そこに映っている生き物は現代を生きる人間とはかなり違っていた。慢性的な運動不足のためか手足の機能は衰え、細く短くなっていた。前かがみでデバイスを見ている時間が長いためか、猫背になっていた。AIに判断を委ねて自分で考えなくなったためか脳が縮小して頭が小さくなり、画面を見る眼だけが発達して異様に大きくなっていた。

「これが未来の人類ですか?」

会場に集まった人々は一様に落胆していた。猫背で肘が直角に降り曲がっていて、手足は細く、脳は小さく、眼玉だけ異様に大きい。その風貌は映画でよく目にするゾンビにそっくりだった。これが未来の人類だなんてとても信じられなかった。

「みなさん。騙されてはいけません」

会場の中の一人が声を上げた。

「二千年後の人類があんな姿の訳はないです」

男は自信ありげに断言した。

「私は科学的見地に立って正確に予測しているのです。スマートフォンのような便利なデバイスに釘付けになり、自分の頭で考えることを放棄して何でもAIに任せている生活を続けている限り、私たちはゾンビのような姿になってしまうでしょう」

K教授は言った。

「いいえ。あなたの予測は外れています。なぜそう断言できるか教えてあげましょう。実は私は二千年後の未来から来たタイムトラベラーなのです。私の姿がゾンビに見えますか?」

男は言った。会場の人々はタイムトラベラーという胡散臭い言葉に少し困惑しているようだったが、無条件に未来のおぞましい姿を受け入れることにも抵抗があるようだった。

「まったく何を言い出すかと思ったら、タイムトラベラー? ハハハ。ちょっと頭がおかしいんじゃないですかね?」

K教授は言った。

「頭がおかしいのは変な未来を想像しているあなたではないでしょうか? そんな非科学的な想像をしても仕方がないと思います」

未来からやって来たという男は言った。

「あなたの方こそ非科学的です。タイムトラベルなんてサイエンスフィクションの定番でしょうけど科学ではないですからね。時間と空間というのはそもそも切り離せないものなのです。歴史上の人物を対決させるとか恐竜が生きていた時代を探検するとか、タイムトラベルが可能だった方がいろいろと楽しいでしょうけどね。作り話にすぎないですよ」

「あなたの想像の方が作り話ですよ。そうやって人々の不安を煽り立てて関心を持ってもらおうなんて、みっともないですよ」

「作り話ではありませんよ」

「証拠はありますか? まぁ二千年後のことですからね。私以外の人は間違っているとは言えませんかね。ハハハ」

「証拠はあります」

K教授がそう言うと、彼の背後から猫背で肘を直角に折り曲げたゾンビのような姿をした男が現れた。特殊メイクを施した映画のエキストラのようだった。

「二千年後の未来から来てもらいました」

さりげなくK教授は言った。

「あなたさっきタイムトラベルのことを笑っていましたよね?」

「そうでしたっけ?」

「科学じゃないとか言っていましたよね?」

「そうでしたっけ?」

会場に集まった人々は、きっと人類は二千年後も不毛な議論を続けているのだろうと思いながら、次第にヒートアップして行く二人を温かく見守っていた。