地球温暖化とK男爵

 地球温暖化を阻止するためにライフスタイルの見直しが奨励されていた。省エネ、省資源、ゴミの分別から電気自動車の活用。環境問題に熱心なK男爵はいちはやくハイブリッド車に切り替え、そして今度は電気自動車に乗り換え、広い邸宅の屋根にはソーラーパネルを敷き詰め、脱カーボンを率先して進めていた。自分は地球温暖化を阻止するために絶大な貢献をしているのだという自負があった。だが一つ問題があった。電力の消費だけが二酸化炭素の排出を増やしている訳ではない。畜産業で排出される二酸化炭素というのも、それなりに大きな割合を占めていた。そのことに触発されて、肉食は悪という意識が庶民の間に広がり、菜食がブームになりつつあった。お肉が大好きなK男爵は焦っていた。肉食をやめる人々に同調しなければならないのか? そうでなければもはや環境保護に取り組んでいるとは言えない状況になりつつあった。K男爵は執事を呼んで尋ねた。

「何か良い対策はないものだろうか?」

執事は答えた。

「まずは邪魔者の二酸化炭素を取り除かねばなりません」

そんなことができるのかとK男爵は思った。できるのであれば早急に実施してもらいたいとK男爵は告げた。執事はさっそく行動に移した。十四万八千光年の彼方にある惑星「椅子噛んだる」から二酸化炭素除去装置「カーボンクリーナーⅮ」を取り寄せ稼働させた。そして地球は温暖化より救われた。これで後ろ指さされることなく、存分に肉料理が楽しめるとK男爵はほくそ笑んだ。

 

スコールのような土砂降り、大型化した台風、いつまでも降り続く長雨がもたらす土砂崩れや洪水、地球温暖化が原因と思われた気候変動はなくなりつつあった。温帯に位置する国々は四季を取り戻しつつあった。はかなく散ってしまう桜。美しい月を眺めながら虫の音に聞き入る秋の夜長。暴力的な気候が去り、わびさびを取り戻した人々は、ほっと息をついた。地球温暖化は克服されたようだった。二酸化炭素の排出にナーバスだった各種団体もほっと息をついたようだった。お肉が大好きなK男爵は優秀なシェフに腕を振るわせて、思う存分、肉料理を堪能していた。もう環境活動家を見習って、採食を貫く人々に同調する必要はないと考えていた。しかしその頃、気象庁が各地で観測しているデータは新たな兆候を見せていた。

「これはひょっとして、例年の平均気温より下がっているのだろうか?」

現在の気温は、地球温暖化が騒がれるずっと前の平均気温をかなり下回るものになっていた。科学者たちは口をそろえて言った。氷河期と間氷期のサイクルが温室効果ガスにより狂っていたが、それが正常に戻ったらしい。そうすると、まもなく寒冷化が始まる。

 

地球が寒冷化に向かっていることが確実となった。寒冷化した大地では、今までのように作物が育たないことが懸念された。実際に穀物の収穫量は減少の一途を辿っていった。そして穀物を消費する畜産業が批判されることになった。人間が飢えているのに、動物に穀物を食べさせるなんてことは許されなくなりつつあった。地球温暖化が進行していた時と同様に肉食はすこぶる評判が悪くなってしまった。K男爵はすっかり落胆し、屋敷に鎮座している「カーボンクリーナーⅮ」を恨めしそうに眺めた。K男爵が抱えている優秀なシェフたちは、手に入らなくなった食材をあきらめ、栄養価が高いとして政府が推奨する新たな食材を使って、K男爵の舌を満足させようとしていた。

「また、これか?」

食卓についたK男爵はつぶやいた。テーブルにはシェフが工夫を凝らした色とりどりの昆虫料理が所狭しと並んでいた。