AI百景(22)暗黙の了解

 A国に負けないAIを開発することが厳命されていた。海軍力や空軍力ではすでにA国を上回る実力を備えていると首脳たちをはじめ、幹部クラスは皆、そう考えていた。ドローンを操縦する程度のAIはすでに配備されていた。だが最近になって、A国で精度の良いAIが登場したことに首脳たちは不安を感じているようだった。それが本当に人間のように振る舞うというのであれば、人間と同じような受け答えをするのであれば、無尽蔵の戦力に相当するかもしれない。あるいは戦闘に先立つ情報戦でA国のAIに翻弄されてしまうかもしれない。そうした不安があるようだった。精度の良いAIを生み出すためには幅広いデータが欠かせなかった。実質的にはインターネットにある膨大な情報を活用して学習させるしかなかった。インターネットには様々な人々の様々な英知があった。

「このまま学習を続けていればA国のAIに追いつくだろう。もともとアルゴリズムで我々が劣っていた訳ではないのだ」

開発の主担当であるK教授はそう考えていた。客観的に見てもC国の科学技術の発展には目覚ましいものがあった。長い間、失っていた世界の覇権を取り戻す時が来たのだ。国民も国家首脳もそう考えていた。

相対性理論とは何ですか?」

K教授は学習したAIに聞いてみた。

相対性理論とは・・・」

すぐに回答が返って来た。大学教授が答えているようだった。

「これでA国のAIに対抗できるはずだ」

K教授は手ごたえを感じていた。そして上層部に報告した。

 

「いったいこれは何だね?」

上層部から派遣された役人がK教授を詰問していた。役人が入力した質問に対してK教授の開発したAIの回答に問題があるということだった。

天安門事件とは何ですか?」

役人はそう質問していた。

天安門事件とは・・・」

そこには西側の人間であればすぐに同意できそうな回答が表示されていた。

「君はこんなものを首脳の方々に見せるつもりなのかね?」

役人は言った。インターネットにある情報を学習したのだ。そう答えるのは不自然ではないと教授は考えた。

「申し訳ございません。作り直します」

そう答えるしかなかった。そしてC国の国内にあるデータに限定した学習をさせることにした。思ったことを口にしたり、書いたりしてはいけないのだ。

天安門事件とは何ですか?」

「・・・」

改良したAIは何も答えなかった。教授は悔しさを滲ませながら、この国に生きる者の暗黙の了解をAIに学習させていた。