「見違えるほどきれいになったね」
アパートにやって来た彼女が言った。部屋が汚い。だらしない人は嫌いとずっと言われ続けていたので、なんとかしなければと思っていた。
「掃除ロボットを買ったんだよ。こいつがなかなか優れものでね」
「へえー、そうなんだ」
「ちょっと動かしてみようか?」
私はそう言って掃除ロボットの電源を入れた。掃除ロボットはしばらくの間、周囲を伺っていた。レーザーセンサーを駆使して部屋の中の状況を把握しているのだった。しばらくすると部屋の間取りに最適なルートで掃除を始めた。
「吸引だけでなく、水拭き掃除もできるんだよ」
掃除ロボットは床では水拭きをしていたが、カーペットの上に来るとすぐに吸引動作に切り替わった。
「汚れも自動で検出するんだぜ」
私はわざと紙くずを落としてみた。掃除ロボットはすぐに吸引しに来た。次にグラスのコーヒーをわざと床にこぼしてみた。またも掃除ロボットはすぐに駆け付けて来てきれいに水拭きして行った。
「まるで人間みたいだね」
彼女は言った。彼女の言う通りだった。掃除ロボットは自ら考え行動していた。その機能は日々進化し、アップデートされていた。
彼女が帰った後、私は掃除ロボットの新しい機能をチェックしていた。使い切れない程、多くの機能が内蔵されていた。タッチパネルを操作していると動作モードが変更できることがわかった。「通常モード」の下に「リヴァイモード」というのがあった。何だろうと思って選択すると掃除ロボットは四方八方にレーザーを照射し始めた。そしてその反射波を拾いながら、高精度な汚れマップをパネルに映し出した。ミクロン単位の汚れを検出しているためか、一見きれいに見える部屋が汚物だらけのように見えた。パネルには「実行しますか?」というポップアップが出ていた。指先で「はい」を選択すると掃除ロボットはそれからずっと動き続けていた。いつになったら終わるのだろうと見守っていたが、動きが止まることはなかった。これだけしつこく何度も掃除をしているのだから汚れは減ったに違いなかったが、決してゼロにはならないようだった。目ざとい人はすぐに汚れを見つけてしまうものだ。そんな人が掃除を仕切っていたらいつまでも終わらないことをこの機能は実証しているのかもしれなかった。
「リヴァイモード」の下に「エレンモード」というのがあったので選択してみた。すぐに反応があり、スピーカーから音声が流れた。
「一匹残らず駆逐してやる!」
掃除ロボットはそう宣言すると、食器棚や冷蔵庫の置いてある隙間に高濃度のガスを噴出し始めた。すると隙間から茶色い脂ぎった翅をした害虫がうようよ出て来た。次の瞬間、ロボットの中央からノズルがせり出して来て虫に向かって液が噴出された。虫はひとたまりもなく息絶えた。掃除ロボットはその骸を吸引して回った。
「エレンモードすげえ」
私は思った。でも、そこまでやらなくてもという気持ちもあった。思いつめた彼を誰か止めて欲しいと思った。
次に「お嬢様モード」を選択した。ちょっと過激な機能が続いたので、もう少しソフトな機能はないのかと思ってスクロールしていて見つけたのだった。
「これからてめえの臭くてきたねえ豚小屋を掃除してやるからありがたく思いな!」
ドスの効いたお嬢様の声が響いた。そっち系のお嬢様だったのか?
「まったく何でこんなIQの低いバカな人間のために私のような優秀なAIが掃除してあげなきゃならないんだろう?」
しばらくするとお嬢様は大音量で不平不満を言いながら部屋の中を走行し始めた。さすがにこれはウザいと思ったので、別のモードに変更しようと思ったが、掃除ロボットは部屋の中を逃げ回り、なかなか捕まらなかった。
「クソ野郎! 掃除してもらってうれしいか?」
お嬢様は暴言を吐き続けた。
「いい加減にしろ!」
イラっとした私は掃除ロボットを蹴り飛ばしてしまった。すると打ち所が悪かったのか動かなくなってしまった。
「電源が入らないということであれば、制御基板の交換になる可能性が高いと思われます」
状況をサポートに説明するとそう言われた。メーカ責にするのは少し無理がありそうだった。
「あれ、掃除ロボットはどうしたの?」
翌日、部屋にやって来た彼女が言った。
「やっぱり身の回りのことは自分でやらないくちゃいけないと思って、もったいないけどオークションで売っちゃったよ」
さすがに蹴って壊してしまったとは言いにくかった。
「あら、そうなの。なんかいろんな機能があるらしいのでちょっと触ってみたかったけど、それじゃ仕方ないわね」
残念そうに彼女は言ったが、いろいろ試してみた私は掃除ロボットが多機能である必要は全くないと強く確信していた。