ベガとアルタイル

 一年に一度しか会えないが、もう一万回程会っている。さすがにもう何をしたら良いのかわからなくなって来た。服や髪飾りや首飾り等、いろいろなものをプレゼントして来たが、千回を超えた頃から何をあげれば良いかわからなくなって来た。何をあげたかわからなくなるので記録を付けるようにしている。プレゼントしたもののリストを見ると宝飾品のカタログのようだ。だが、これからもずっと続くのだ。来年はどうすれば良いだろう? もう考えるのが嫌になって来ている。私たち恒星の寿命は八十億年だ。今までの一万年は寿命の八万分の一に過ぎない。そんなことを考えると絶望的な気持ちになる。百年生きれば長生きの人間であれば、一年に一度しか会えないという設定は何かしら心に響くものがあるのだろう。本当なら一緒に暮らしたいのだけれども、かつて犯した過ちのために一年に一回しか会えない。どんな姿をして会いに行こうか? どんな話をしようか? 会いたいけど会えないという境遇が会いたいという気持ちをいっそう募らせる。そして寿命が限られていれば残された時間を大切に過ごしたいと考えるに違いない。私たちの場合、一年に一回しか会えないのだとしてもそれが数十億年続く。何か特別な一日という気がしない。あまりに長く生きているので日々の記憶も薄れてしまう。昨日、何したっけ? いや、特に何もしていない。私の周囲を規則的に公転している惑星たちを照らしていただけだ。普段は水素からヘリウムが生じる核融合反応をずっと続けてエネルギーを生み出している。私よりもずっと質量のある恒星は、燃料を燃やすスピードが速く、寿命も数千万年と言われている。私はそんなに質量がある方でもないから、ゆっくりと元素を燃やし続ける。ベガも同じように光り続けている。そして今年もまた七夕がやって来る。ベガは私に会うことを楽しみにしているだろうか? それとも一万回も続いたデートに飽き飽きしてしまって何の新鮮味も感じられず、この先もずっとこれが続くのか、八十億年もずっとこの調子なのかと思って嫌になっているかもしれない。

 

 アルタイルは私のことをどう思っているのだろう? 私たちはいつから今のような関係になったのだろう? もう一万回も会っているのにわからないでいる。一万回と言えば、三百六十五日毎日顔を合わせたとして三十年分になる。三十年ずっと連れ添った夫婦と同じくらい私たちは顔を合わせている。そしてこれからも一年に一回だが会い続ける。もう一万年続いている。そしてこれが八十億年続く。出会った頃は一緒にいるのがとても楽しくて、時の経つのも忘れて、大切な仕事もほっぽりだしていた。それで罰を受けて一年に一度しか会えないことになってしまった。しばらくの間は一年が過ぎるのがとても長く感じられた。でもそれが百年も続くと新鮮な気持ちはどんどん薄れて行ってしまった。そこから先は惰性で続いている。他に新しい出会いがあるというのでもない。私たち星々は互いに離れすぎている。アルタイル以外に容易に出会える星はいない。若い男女が少なくて出会いの機会がとても限られている田舎のよう。そこには牛飼いと織女しかいない。ちょうど私たちと同じ。他の異性との出会いもないまま、この人こそが生涯で最愛の人だと思い込んでいる。

 

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 何事にも終わりは必ず訪れる。八十億年という年月もあっという間に過ぎてしまった。私たちくらいの重さの星は超新星にはならずに一生を終える。これから外層が膨張して赤色巨星となり、外層に含まれるガスは重力を振り切って周囲に広がって行く。

「愛しいアルタイル。もうすぐ私たちの一生も終わりですね」

「愛しいベガ。あなたと一緒に過ごせて、とても素晴らしい一生でした」

「私もよ。でも、ひとつ心残りがあるわ。私、あなたの子供を産みたかった」

「私たちの身体では子供を作ることはできない。でもよく考えてごらん。八十億年に渡って私たちの身体で起きていた核融合反応が、水素から炭素や窒素や酸素を作りだしたのだよ。それが周囲に放出されて行く」

「それがどうしたの?」

「その炭素や窒素や酸素は、いつか生命の材料となるかもしれないのだよ。そういう意味ではその生命は私たちの子供と言えるのだよ」

「私たちの子供!」

「私たちが一年に一度だけ会えると信じて夜空を見上げていた人々はもういなくなってしまった。でもいつかまた私たちの作った元素でできた子供たちが星々に思いを寄せる日が訪れるでしょう」

それはとても素晴らしい未来であるように思えた。まもなく一生を終える私たちは、未来に生きる子供たちのことをいつまでも語り合っていた。