AI百景(10)バーチャルカムガール

 カムガールがなまめかしい肢体を晒しながら、理性をかなぐり捨てた切ない声で挑発していた。最近ではカムガールと言っても合成された映像が多かった。動画生成AIがすっかり進化して無料のサイトが乱立している。AIが作り出した肢体と挑発的な衣装。音声も背景を流れるBGMもAIが作り出したものに違いない。そして私のような愛し合う対象を持たない孤独な人間たちが、生きているだけで日々蓄積されてしまう欲望を一時的に解消するためにそこを訪れる。そして愛もなく本来の生殖の目的も達せられない虚しい行為に励む。時代が進むにつれて次第に幸福になって行くのだと言う幻想を刷り込まれた人々は、気付けばとても貧しくなっていた。社会の中枢を獲得した連中は、決してその特権的な地位を手放そうとはせず、大勢の人々から日々の稼ぎを搾り取っていた。すっかり貧しくなって家庭も持てず、生涯のパートナーを持つこともない人々は、それでも訪れる自分の欲望と付き合っていた。もともとその対象は誰でも良かった。好んでその行為に利用される特定の人物といったものが、かつて存在していた時代があった。それが本物のアイドルであっても、仮想的なアイドルであっても、本人にとっては手の届かない相手であることに変わりはない。そしてその映像と音声を利用して、脳と局部の活性状態を極限まで高め、先端から液を発射して果てる。そして飛び散った遺伝子の片割れをティッシュで拭き取り、トイレに流す。もしかしたら、子孫になったかもしれない遺伝子の片割れは、そのまま誰も知らない下水道を流れて行く。何万人もの遺伝子の片割れが、毎日そうやって流されているのかもしれない。バーチャルカムガールはネットになまめかしい姿を晒し続けている。それを配信するサーバーにアクセスする無数の欲求不満の人たち。私で抜けますか? 私をオカズにしてくれますか? バーチャルカムガールはそう言っている。別にどうだっていい。刺激的な映像と音声があれば、目的は達せられる。そんなことをずっと繰り返している。

 

 ある日、メッセージが届いた。

「あなたは来る日も来る日もバーチャルカムガールで欲求を満たしているのね」

そんなことが書いてあった。どうしてそんなことを知っているのか全然わからなかった。誰かに知られるのは恥ずかしかったが、相手はもうそのことを知っているのだから、今さら隠すのは無駄だった。

「仕方ないじゃないか。他に相手もいないのだから」

正直に返事を書いてみた。

「そうよね。みんな同じことをしているのでしょうね。実は私もバーチャルカムボーイにいつもお世話になっているの。画像生成AIや音声AIの作り出した逞しくて若くてイケメンの男の子に抱かれることを想像して、いつも下半身を濡らしているの」

刺激的な言葉が書かれていた。もしかしたら、こいつもAIかもしれないと思った。ネットワークにはチャットボットが溢れている。その一つが私にメッセージを送って来たのかもしれない。

「君は人間なのか?」

「あたり前よ。そういうあなたも人間よね?」

「あたり前だ」

「じゃあ、証明してみせてよ」

そして私たちは実際に会うことになった。ホテルのロビーで待ち合わせた。彼女はブルーのワンピースを着ていた。とても清楚な感じがした。この人がバーチャルカムボーイを画面に映し出しながら、自分を慰めているのかと思うと信じられない気がした。それから私たちは、それがあたり前であるかのようにダブルの部屋にチェックインした。

 

 生身の肉体への渇望が私たちをここに誘った。服を脱いで絡み合った。でも何か足りなかった。私のあそこはいつものように元気にはならなかった。彼女も乾いたままだった。

「あなたはとても素敵な人だと思う。でも何か足りない」

そう言うと彼女はモバイルパソコンを取り出して電源を入れた。そして彼女がいつも見ているバーチャルカムボーイを映し出した。筋肉質の美男子が彼女に甘い言葉をかけていた。彼女の目が潤んでいた。両足を開いて自分のあそこを触っていた彼女は十分に濡れているようだった。

「ああ、マサト! マサト! もっと激しく」

彼女はバーチャルカムボーイの名前を叫んでいるようだった。私もまたモバイルパソコンを立ち上げて、バーチャルカムガールを映し出した。いつも精液をまき散らす時の相手が画面に映し出されていた。

「ミサト! ミサト! ミサト!」

私もまたバーチャルカムガールの名前を叫んでいた。私のあそこは十分に固くなっていた。彼女と目が合った。お互いに準備の整った私たちはそれから気の済むまで交わり合った。でもいったい誰と結ばれたのだろう? それがよくわからなかった。