AI百景(35)身代わり

 日曜日の夜はいつも憂鬱な気分になる。明日の朝はのんびりしていられない。満員電車に揺られて仕事に行かなければならない。そして嫌な上司の下で黙々と仕事をしなければならない。心身をすり減らしながら、歯車として生きて行くのはもう疲れた。そんなことを考えながら、アシスタントロボットが作ってくれた夕食を口にする。今やロボットは人間と区別がつかないくらい精巧な動きをするようになって来た。見た目も昔の映画に出て来るような金属質の不格好なそれではなくて、人間そっくりの風貌をしている。

<私の代わりに仕事に行ってくれないだろうか?>

ふと、そんなことを考える。プロファイルを変更すれば、私そっくりな姿にすることも可能なはずだ。私の声紋を登録すれば、私にそっくりな声で話すこともできるだろう。仕事についての知識や技量も必要だが、身体を使った特殊な技能が必要な訳ではなく、アプリケーションを操作してプログラムや文書を作成するだけだからAIにできないことはないだろう。後は職場に関する情報が必要かもしれない。同僚の風貌を捉えた画像と最近交わしたとりとめのない会話。それをちょっとだけインプットしてあげれば、その次の会話くらい私よりもずっと上手に生成できるだろう。私の身代わりを務めることなど造作もないのではないか? そう思った私はロボットのプロファイルを変更し、姿も声も私そっくりに調整し、仕事と職場でのコミュニケーションに必要な知識と記憶をロボットに与えた。バレてしまったらどうしよう? 不安が尽きることはなかったが、なんとかなるさと考えることにした。そしてある朝、私はロボットを仕事に送り出した。

 

 ロボットは差し障りなく私の身代わりを務めてくれているようだった。一週間、特に問題もなかった。そして一か月が過ぎた。ロボットが働いてくれている間、私は悠々自適の生活を送ることができた。アラームに叩き起こされていた憂鬱な朝ではなく、心地良い何の義務にも縛られない自由な朝を迎えることができた。そして日中は映画や音楽を心ゆくまで楽しんだ。私は私の時間を取り戻したのだった。だが、そんな暮らしが半年も続くと、私は物足りなさを感じ始めた。あたりまえのように与えられる自由時間にありがたみを感じなくなっていた。

<あの仕事はどうなっただろう?>

あんなに嫌だった仕事のことが気になって仕方がなかった。歯車のようなつまらない些細な役割を担っていただけだったが、どんなことであっても自分を必要としてくれていたことが、生きて行く上で何か喜びをもたらしてくれていたことに気付いた。

<明日、仕事に行こう>

そして私は半年ぶりに職場に行くことにした。

「鈴木さん、今日はちょっと調子が悪いみたいだね?」

以前と同じように仕事をしているつもりだったが、同僚にそう言われた。身代わりのロボットは私の予想以上に上手く立ち回っていたようだった。復帰してしばらくの間、私の意見を求めて打ち合わせを希望する関係者が多かったが、彼らが望んでいるものを私は与えることができなかった。そして一週間すると誰も私と話そうとはしなくなった。

「理由はよくわからないが、鈴木さんは以前のように的確なアドバイスをしてくれなくなってしまった」

そんな噂が聞こえて来た。

「先月は素晴らしいパフォーマンスを発揮してくれていたのに、いったいどうしたの? 何か悩み事があるなら相談に乗ろう」

個室に呼び出されて上司に言われた。私は職場にいるのが少しずつ苦痛になって来ていた。そして次の日から、またロボットに私の身代わりをしてもらうことにした。私にはロボットの身代わりはできないようだった。