ロボットになってしまった息子

 久しぶりに息子が帰って来たと思ったらロボットになっていた。いったいいつロボットになってしまったのだろう? やむにやまれぬ事情があったのだろうか? ロボットになってしまった息子には人間の心は残っているのだろうか? 様々な疑念が脳裏をよぎった。

「健太が小さい頃はよく一緒にキャッチボールをしたなぁ」

もしかしたら息子ではないかもしれない。そう思った私は姑息にも探りを入れていた。

「そうだね、お父さんの投げるボールはとても球威があって、受け止める時に痛くてたまらなかったよ」

どうやら本物の息子のようだった。まだ小さかった息子は私の投げるボールをぎこちない動作でキャッチしていた。まるでロボットのようだった。あっ? その頃から息子はロボットだったのだろうか? いや、そんな筈はなかった。その後はどうだったろう? 小学生の頃はまだ相手をしてくれたが、中学生になると反抗期で口を聞いてもらえなくなった。私に対して息子はすっかり心を閉ざしていた。もしかしたらその時にはもうロボットになっていて人間の心を失っていたのかもしれないが、息子の心に触れるのがこわくて話し掛けられなかった私にそれを確認する術はなかった。

「お父さん」

ブリキの頭をした息子が話し掛けて来た。円柱と円錐を組み合わせたような銀色の頭。丸い目は黄色に光っている。その中には生命のきらめきが隠されているのだろうか? 私にはよくわからなかった。

「僕がロボットになってしまったことは悲しい?」

実際どうなのだろう? 私はずっと放任主義だった。キャッチボールだってそんなに何回もした訳ではなかった。仕事が忙しいことを理由に息子にあまり関わってこなかったような気がする。いまさらお前のことを心配しているなんて言う資格はないのかもしれない。

「どうしてロボットになったの?」

思い切って聞いてみた。

「理由は僕にもよくわからないんだよ。朝、目覚めてみるとロボットに変身していたんだ。どうしてそうなってしまったのかはよくわからない。でもそうなってしまったものは仕方がない。毒虫じゃなくて良かったと思うしかない。毒虫よりはロボットの方が人間に近いからね。こうやって話もできるし」

「そうだな」

「本当にそう思う? お父さんは僕に人間の心が残っていると思っているの? もしかしたら僕はお父さんの子供なんかじゃなくてただのAIでお父さんの子供の振りをしているだけかもしれないよ?」

ロボットだからDNA鑑定もできそうになかった。生物学的に特定する手段は全くなさそうだった。

「そうかもしれないな。でもすまなかった。いままであまり助けてあげられなくて。健太が小さな頃に一緒に水族館に行った時のことを今、思い出したよ。屋上にあったふれあいコーナーでヒトデをつかんで笑っていた健太のことを思い出したよ。私はあの時の笑顔に今も救われているのだと思ったよ。それから仕事が忙しいことを理由に段々と疎遠になってしまった。もっと遊んであげれば良かった。ごめんな」

私はずっと心の中にわだかまりを抱えていて、それを吐き出す機会を待っていたのかもしれなかった。これは純粋に私の問題なのだと思った。

「お父さん。ありがとう。あの頃は楽しかったね」

黄色に輝く円形の目からブリキの頬を伝って涙がこぼれるのが見えた。その時、ブリキの身体に熱い心が宿っているのが私にはわかった。