セルフレジ

 有人のレジが混んでいたのでセルフレジを使ってみようと思った。初めてだった。いつも店の人がやっているように商品のバーコードを読み取らせれば問題なさそうだった。バーコードをレジの中央にあてると軽快な電子音がして液晶に画面が表示された。思ったよりも簡単だった。今までずっと有人レジに並んでいたが、これからはセルフレジを使った方が時間の節約になりそうだった。そんなことを考えながら機械的に作業をしていたが、買い物かごの中の玉ねぎとじゃがいもを見て私は当惑した。バーコードがない。いったいどうすれば良いのだろう? 隣のレジの人が清算を済ませ、次の人が来て電子音を響かせ始めた。私だけがそこで固まっていた。

『まだですか?』

後ろで順番を待っている人が催促の視線を送って来ているような気がした。

『わからないなら、有人レジに行けば良かったじゃないですか? あなたのせいでいい迷惑ですよ』

そう言いたそうな顔つきをしていた。早くここを抜けなければと思った。支払いのボタンを押す。支払い方法で現金を選択し、紙幣を挿入する。印字されたレシートを受け取って、すぐにその場を立ち去ろうとする。

「もしもし、レジを通過していない商品を持ち出されているようですが・・・」

店員が疑惑の目で私を見ていた。そうだった。玉ねぎとじゃがいもの分が入っていないことに私は気付いた。ちょっと忘れていただけじゃないか?

「こちらですと他のお客様にご迷惑が掛かりますので、ちょっと奥の部屋でお話したいのですが、よろしいでしょうか?」

店員は丁寧だが、少し憐憫と侮蔑の混じった様子でそう言った。

「俺は泥棒じゃない!」

私は声を荒げていた。この私が五十円とか百円の商品をくすねたりするものか! 私はそんなことをしたりはしない。私はいったい何に怒っているのだろう? ああ、そうか。世の中の進歩についていけない自分に腹を立てているのだ・・・

 

 セルフレジでトラブルが起きていた。初老の男性が我を失って怒り狂っていた。店員は持て余しているようだった。操作を間違えたのだろうか? わからないのなら、有人レジに並べば良いのに、どうしてこっちに来たのだろう? まったく迷惑な話だった。そう考えた時に何かのスイッチが入った。そこで私は未来の自分の姿を見ていた。

―――私はレジでもたついていた。どうしても代金の支払い方法がわからなかった。現金やクレジットカードは対応していないようだった。携帯端末で決済しようとしたが、うまくいかなかった。後ろで順番を待っている人の視線がつらかった。

「最近ではみんな預金口座に紐づけされたチップを体内に埋め込んで、それで清算しています。チップを埋め込んでいないのでしょうか? 今時、そんな人がいるとは思いませんでした」

困り果てた店員がそう言った。みんなが私のことを笑っていた。なんなんだ! こいつらは? 私は腹を立てていた。お金ならある。私が悪いんじゃない。そこには初老を迎えた私がいた。私だけが仕組みを理解しておらず迷惑を掛けていた。周囲の人たちは皆、うんざりしていた――-

唐突に映し出された光景はそこで終わった。セルフレジで怒り狂っている老人の姿が目に入った。私はセルフレジの方に向かって歩いて行った。

「バーコードのないものは、ここにタッチしてね。個数を選択すればいいのですよ。どれどれ、たまねぎが一個にじゃがいもが三個ですね。困ったことがあったら店員さんに聞けばいいのですよ。それくらい教えてくれてもいいのにね。これじゃまるで万引き犯みたいな扱いですよね。これですべての商品がレジを通ったはずです。支払いを済ませてください。現金をここに入れるか、カードをここにかざしてください」

老人はあっけに取られて私を見ていた。

「これでいいですよね?」

私は店員に言った。別に大騒ぎをするようなことではないのだ。今も、そして今からずっとテクノロジーの進んだ未来であっても。静寂を取り戻したセルフレジを人々が通過して行った。軽快な電子音が響いていた。