カエルの輪廻転生

「生まれ変わるとしたら何が良いだろうか?」

池のほとりに集まったカエルたちが話し合っていた。ずっとこの池に棲んでいる長老の話によると、私たちは輪廻転生という仕組みの中で生き死にを繰り返しているということだった。その仕組みの中では平民のカエルだった者が生まれ変わって王族のカエルに生まれて来ることもあるらしい。そして、カエルだった者が魚や鳥に生まれ変わることもあるのだという。そのことを聞いたカエルたちが、他の動物に生まれ変わるとしたら何が良いかについて話し合っていた。鳥になって自由に空を飛んでみたい。コアラになって木の上でずっと昼寝をしていたい。カエルたちの個性に応じた思い思いの意見があったが、ナメクジにだけは生まれ変わりたくないという点では一致していた。ヘビに生まれ変わって、かつて自分のことをいじめたカエルに復讐したいという声もあった。暴力では何も解決しないという声もあったが、ナメクジに生まれ変わっていじめられるよりは、ヘビに生まれ変わる方が良いという意見が多かった。

 

 夜になり、鉢や落ち葉の下に身を隠していたナメクジたちが、あじさいの葉の上へと移動を始めた。殻をもたないナメクジは乾燥した場所では生きていけない。それから天敵であるカエルに見つからないようにしなければならない。そのため、夜になってから動き出すことが多かった。ナメクジたちの世界でも、長老から聞いた輪廻転生のことが話題になっていた。

「生まれ変わるとしたら何が良いだろうか?」

ナメクジたちの間でも自由闊達な意見が交わされた。鳥はやはり人気があった。いつの時代も鳥は自由の象徴である。それから強い動物、賢い動物、美しい動物、のんびりできそうな動物が候補に上がった。生まれ変わるとしたらという時点で、みんな自分にない何かに憧れている。そして自分に不足する能力を持っている動物になりたいと強く願うようになるのだった。だが、そんな願望の世界とは別に、直接的な利害関係がここでも問題になった。ヘビに生まれ変わってナメクジの体液で溶かされるのは嫌だから、カエルに生まれ変わって嫌な性格のナメクジを懲らしめてやろうという声が強かった。

 

 茂みに潜んでいたヘビたちが集まって来た。満月までもう少しの欠けた月が辺りを照らしていた。

「生まれ変わるとしたら何が良いだろうか?」

ヘビの世界でも輪廻転生について意見が交わされていた。だいたいどこも同じようなものである。鳥になって自由に大空を駆け巡りたい。特に地を這って生きているヘビはそう思うかもしれない。そしてやはり、カエルに生まれ変わるよりは、ナメクジに生まれ変わる方が良いという声が多かった。

 実際のところ、どうなのだろう? カエルだったものがナメクジに生まれ変わる。かつての自分よりも弱い動物になってしまった。でもかつてカエルだったナメクジが、今度はヘビに生まれ変わったとしたら、かつての自分よりは弱いが、その前の自分よりは強い。結局、何に生まれ変わっても同じかもしれなかった。何に生まれ変わろうとも天敵はいるのだった。

 

 そんなある日、カエルとナメクジとヘビの間を転生していた生き物が、ブラック企業の社員に転生した。そして彼は金曜日の定時後に課長に呼び出されていた。一対一で課長と話すのはとても嫌だった。ミーティングの時に、同僚たちが見ている中で吊るしあげられるのも嫌だったが、やはり一対一で話をする方がもっと嫌だった。ミーティングであれば犠牲になるのは自分だけではない。自分の番は回って来るが、自分以外の誰かが報告している時は、自分に暴言が飛んで来ることはなかった。緊張した面持ちで打合せ室のドアをノックして中に入る。課長は昨日、彼が提出した原価低減のための資料について不満があるようだった。もっと詳細な要素に分解する必要があると言って、睨んで来た。彼は身をすくめた。課長は爬虫類のような目をしていた。あの目に睨みつけられるとヘビに睨まれたカエルのように身動きが取れなくなった。そこまで詳細にやる必要があるのでしょうか、もっと時間が必要ですと思ったが、口に出すのは憚られた。以前、そういうことを言ってしまった時に『仕事も満足にできないくせに反論するのは間違っている』『考え方が根本的に間違っている』『間違っている人間の言うことだから間違っている』といったことを延々と聞かされた。反論すると課長はすぐに人格攻撃を仕掛けて来る。いかに怠け者であるかをねちねちと指摘して来る。それは米国大統領が敵をテロリストと呼ぶのと似ている。まず相手をテロリストにしてしまうことが肝要だ。テロリストのやることは間違っているという展開に持ち込むことが常套手段になっている。課長はやり直しを命じた後、期限は月曜日の九時と言った。部下を休日出勤させると査定に響くということで課長は休日出勤を許可しない。だからこれは期限までに仕事を完了させることのできなかった彼が自主的に休日を返上して実施する作業になるのだった。一切の落ち度は彼にあるので、業務時間に計上するのは間違っていると言われるのだった。そんなふうにして元々カエルだったブラック企業の社員は夜中も休日も働き続けた。起きている時間はほとんど仕事をしていたが、やがて体調を崩してしまった。それでも課長の過剰な要求が止まることはなかった。ある朝、彼は長年蓄積された疲労と度重なる精神的なストレスが限界に達し、自死してしまった。そのブラック企業では、一か月前も行き過ぎた研修で自殺者を出していた。そういう会社なのだった。自死したブラック企業の社員は、めでたくカエルに転生することができた。彼は生まれ変わるとしたら何が良いかというカエルたちの話に加わっていた。

「人間以外だったら何でもいいです」

彼はきっぱりとそう言った。