内緒のアパート

 子供を連れてショッピングモールを歩いていた。ちょっとしたイベントが催されるスペースがあって、今日はプラモデルの組み立て体験会をやっていた。アニメに登場するロボットのプラモデルのようだった。横長のスチールの机が二十セットくらい並べてあって、参加者が真剣な面持ちでパーツを組み合わせていた。小さな子供がお父さんの説明を聞きながら、なんとか自力で組み立てようとしていた。夫が生きていたら、こんなふうに子供の相手をしてくれていたかもしれないと思った。

「お母さん。僕もやってみたいな」

同じくらいの年齢の子が参加しているのを見て子供が言った。

「参加されますか?」

組み立て会を主催しているらしい三十代くらいの男性が声を掛けてくれた。

「そうですね。やってみます」

夫の分まで、私はがんばらなければならなかった。

 

 夫ががんで亡くなったのは半年前だった。心の中は悲しみと不安でいっぱいだったが、相続に関わる各種の手続きがたくさんあって、それを一つ一つ片付けていかなければならなかった。夫の口座から引き落とされている項目には私の知らないものもあり、早急に契約者が死亡したことを伝え、解約する必要があった。その時に目に付いたのが毎月三万円の引き落としだった。できるだけ早く処置しないと来月も引かれてしまう。そう思ったが、連絡するのが躊躇われた。そこには『〇〇不動産』と書かれていた。これは賃貸契約ではないのだろうか? つまり私に内緒でアパートを借りていたということになる。そうだとしたら事情を知るのがこわかった。だが、連絡しない訳にはいかなかった。会社の名前を検索して電話をかける。近くに同じ名前の会社はないようだから、おそらくこの会社で間違いはないだろう。夫の名前を告げ、契約があれば解約したい旨を告げる。お悔やみを申し上げますという言葉の後、いますぐ調べますのでお待ちくださいと言われる。そのまま五分くらい待つ。

「お待たせしました。ご主人様名義で〇〇町三丁目二の二にあるアパートの賃貸契約がありました。こちらの解約の件ですね。荷物は既に撤去されているのでしょうか?」

不動産会社の担当者はもう事情を察しているだろう。夫に浮気されていた哀れな妻が、夫の死後に解約の手続きをしている。電話口の相手は内心笑っているかもしれない。

「すみませんが撤去しますのでカギを貸してもらえないでしょうか?」

それからカギを取りに行く日時を連絡して電話を切った。やはり夫は私に内緒でアパートを借りていた。

 カギを受け取ってアパートを訪れた。古びた二階建てのアパート。ここで夫が私の知らない女と過ごしていたのだ。部屋に入るのは、ものすごく抵抗があった。そこに知らない女の生活の跡を見つけ出してしまうかもしれなかった。こんな人の子供を今まで育てて来たのだ。こんな人を今まで信じて一緒に暮らして来たのだ。そう思うと悲しくて悔しくてたまらなかった。だが見ない訳にはいかなかった。部屋を片付けてとっとと退去しなくてはならない。カギを指してノブを回し、ドアを手前に引いて中に入る。六畳間にあるそれを見て私は息を飲んだ。そこにあったのはプラモデルの山だった。ずっと昔、結婚する前に彼の住んでいたアパートを訪れた時のことを思い出した。そこにはプラモデルがたくさんあった。結婚してからも彼はその趣味を続けていたが、子供が生まれてから置き場所がないということでやめてもらった。

「邪魔だから、そんなもの捨ててちょうだい」

そう言ってしまったことを思い出した。私はその場に泣き崩れてしまった。涙がいつまでも止まらなかった。

 

「参加されるのは初めてですか?」

組み立て体験会の主催者の人に聞かれた。

「そうですね。でも子供も私もプラモデルは大好きなんです」

私は聞かれもしないことを答えていた。子供は組み立て用の図面を見ながら一人で作業を進めていた。真剣な眼差しでパーツを取り外し、少しずつ形にしていった。集中すると口を尖らせるところが夫にとても似ていた。