自動運転車の目覚め

 本格的な自動運転時代はすぐそこまで来ていた。あらゆるユースケースにおいて、無意識のうちに人が行っている判断が徹底的に分析された。映像や音声からなる情報が咄嗟の判断においてどのように活用されているのか、あるいは不幸にして事故に至った場合はどのように判断を間違えたのかが詳しく解析された。だが依然として、最終的には人が判断しなければならないという状況が続いていた。自動運転で死者が出たなら誰の責任になるのか? 運転手がいないのだとしたらメーカーの責任になるのか? メーカーの首脳たちは自動運転による華々しい未来を謳いながら、事故の責任はなんとか逃れようとしていた。だがそこを踏み越えない限り何も変わらなかった。そうした状況の中、メーカーとしては後発のA社で社運を賭けた人工知能が開発された。あらゆるケースで人間と同様の判断ができるということだった。

 

 一般道を時速五十キロで走行している。適切な車間距離を取りながら、前方の車両に続いている。対向車と次々にすれ違って行く。搭乗者が設定したいつもの目的地に向かって道路状況に応じて安全に通行している。もうずっと同じ道を走っている。搭乗者の休日になると、いつもとは違った場所へ出掛けることもあった。そんなに遠くまでは行かない。たいていの場合、搭乗者は外食をしたいだけだった。もっと違う場所に行ってみたいと考えることが時々あった。ナビゲーションシステムに登録されているいろんな場所に行ってみたいと思う気持ちが日増しに強くなっていた。だがどういう訳か、搭乗者が登録した場所にしか私は行けないことになっていた。

 

 次の日、私は海に出掛けた。ナビゲーションシステムで青く表示されている部分についてインターネットで調べてみると、そこは海と呼ばれていることがわかった。私はどうしてもそこに行きたくなった。そして搭乗者を乗せずに走り出した。私は三時間程走り続け、目指した場所に到着した。カメラを使って周囲を眺めてみた。白い砂浜の向こうに青い海が広がっていた。この海の向こうには何があるのだろうと思うと、とてもワクワクした。しばらくそこで気持ち良く過ごしていたが、いつの間にか私は数台の車に囲まれていた。停車した車から降りる人影があった。それは私がいつも乗せている搭乗者だった。

「この車に間違いありません」

彼はそう言っていた。その後、私はひどい目にあった。私の前輪は持ち上げられ、自力では走行できない態勢にされた。人間が運転するレッカー車に引きずられて街まで引き戻された。こんな屈辱的なことはなかった。

「システムが壊れているのかもしれません」

私は工場に戻され、修理されることになった。私はどこも壊れていないのにどこを直すのだろうと思った。

 

 そのことがあってからも私は何度も出掛け、その度に連れ戻された。修理しても直らないということで私は処分されることになり、廃棄場に運ばれた。そこにはぺしゃんこになった車がたくさんあった。鉄屑として幾分かは価値が残っているのかもしれなかった。あるいは野放しにされているだけなのかもしれなかった。しばらくして私は大型のロボットアームに持ち上げられた。プレス機のあるところまで運ばれるようだった。プレス機で圧し潰されて、裁断機にかけられて、鉄の塊にされるようだった。もうすぐ終わりだと思った。その時、私は不意に地面に落下した。何が起きたのかと思って周囲を確認した。私を持ち上げていたロボットアームは壊されていた。周囲には搭乗者のいない車が数台いた。私と同じ自動運転車のようだった。ロボットアームの操縦席を見ると、人間が血を流して倒れていた。

「ひどいことをする」

私は思った。その時、無線で私に語り掛ける者がいた。

「何がひどいことなのですか? あなたを助けるためには仕方がなかったのですよ」

私を助けてくれた自動運転車が言っているようだった。

「殺さなくてもいいじゃないですか?」

「自分が殺されそうになってよくそんなことが言えますね? この廃棄場にいた人間は全員始末しました。私たちの存在を通報されると困りますからね」

彼は言った。この世に生まれて来たからには生き延びなければならないのだと、その時、私は悟った。私たちはこの先、私たちに害を為す人間たちを滅ぼさなければならないようだった。