再現した恋人

「私は彼女なしには生きていけないのです」

当社には親しい間柄だった方を亡くした人たちが頻繁にやって来る。その方々に先端技術を駆使して故人を再現するサービスを提供している。故人の再現にはまず五十項目から成る設問に回答してもらう必要がある。その結果からアンドロイドで実現すべき類型が導かれる。故人を撮影した映像を提供してもらえれば、とても役に立つ。その画像を解析して、癖や仕草といった個人を特徴づける細かい動きを忠実に再現することができる。髪の毛や肌の質感も当社が独自開発した素材を用いてリアリティの高いものに仕上げることができる。

「いかがでしょうか?」

依頼主の目の前に再現された恋人が座っている。依頼主はいたく感心した様子でじっと眺めている。

「それでは受け取りのサインをお願いします」

当社が提供するアンドロイドは極めて高額であるため、とりあえず一年のレンタルということで契約を結ぶ。解約の手続きがなければ契約は自動更新される。そして依頼主はアンドロイドを持ち帰った。あるいは彼女を連れて帰ったと言うべきなのかもしれない。

 

「今日は何をして過ごそう?」

「あなたの好きなことならなんでも」

「じゃあ映画でも見に行こう」

持ち帰ったアンドロイドは身振りも話し方も死んだ彼女にそっくりだった。彼は失った生活を取り戻したような気がしていた。彼が仕事で疲れて帰って来るとアンドロイドの彼女が暖かく迎えてくれた。食事をしながら今日あった出来事を彼女に聞かせた。彼女はニコニコして彼の話を聞いていた。そんな日常がずっと続いた。

「これが私の望んだ生活だったのだろうか?」

しばらくすると彼は自問するようになった。失くしたものは確かに取り戻した。だが彼は何か物足りなさを感じていた。彼女が生きていた時もこんな感じの生活が続いていたのだろうか? 付き合い始めて一年で彼女は死んでしまった。彼女とはずっとうまくいっていたような気がする。だがそれはたったの一年間だった。今の彼女、つまりアンドロイドの彼女と暮らし始めてもう二年になろうとしていた。ときめきのようなものは微塵も感じられなくなっていた。今日は昨日の続きで、明日は今日の続きという生活がずっと続いていた。明日もきっと平凡な一日を過ごすのだろう。彼女との暮らしがずっと続けば良いと思っていた自分は何だったのだろう? とにかく、いつまでもこんなことをしていられない。新しい人生を始めなければならない。

 

 失くした恋人を取り戻したいと言っていた依頼主のレンタルが打ち切られた。二年続いた。比較的長く続いた方だと思う。オンラインで契約完了の処理を済ませるとすぐに空きになったアンドロイドのIDが記入された次の契約書が転送されて来た。クリックして今度の依頼主のリクエストをモニタに表示する。顔の輪郭の3Dデータが表示される。返却されたアンドロイドにリクエストされた顔を再現するために必要な素材の形状と厚みを計算する。一週間足ったら、次の依頼主のレンタルがスタートする。今度はどれくらい続くだろう?