余命三か月の宇宙人

「地球の皆さん、こんにちは。私はずっと遠くの星から来ました。今までに数多の星々を駆け巡り、幾多の冒険を繰り広げて来ました。そして最後に地球に辿り着きました。最後というのは他でもありません。二千年を超える私の寿命が尽きようとしていることが医療システムの診断結果より明らかになりました。とても意外なことでした。私はずっと死という概念から遠ざかっていたのです。診断結果によりますと私の余命はあと三か月ということです。死んで行くことはそれほど怖くはありません。長い人生でした。やり残したことはありません。ですが、私の中で説明のつかない何者かが、私を妙な衝動に突き動かしていることに気が付きました。どうせ死ぬのなら、みたいなことです。それには皆さんの協力が必要になります。どうか死にゆく私を楽しませてください。満足させてください。皆さんが私を満足させてくれたなら、黙ってこの星を去って行きます。もしも満足が得られなかったなら、私の死に連動してこの星が宇宙から消えてなくなるというだけのことです。私は死んで行くのでどうだって良いのです。では私の宇宙船は甲子園球場上空に待機しています。皆さんのご来場をお待ちしています」

身勝手な宇宙人からのメッセージが地球上のあらゆる電波を通じて伝えられた。宇宙人の存在は全世界の知るところとなった。だが、それはもうたいしたことではなかった。あと三か月で地球が宇宙から消えてなくなってしまうことの方が問題だった。本当にそんなことができるのだろうか? ハッタリかもしれない。圧倒的に優れた科学力を持っているには違いないだろうが、相手は一隻の宇宙船だ。地球上の軍事力を結集すれば勝てるのではないか。あちこちで盛んに議論が交わされていた。それからすぐに宇宙人から次のメッセージが伝えられた。

「今夜、ガリレオ衛星と呼ばれている木星の衛星を破壊します。地球のすぐそばを回っている天体でも良かったのですが、それはこの次の機会としましょう」

そして予告通りに四つの衛星、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストは、宇宙船からの攻撃によって粉砕された。小さな望遠鏡でも確認できていた衛星は姿を消し、砕かれた破片が木星を取り巻き、土星のように目に見えるリングを構成するようになった。宇宙人の圧倒的な攻撃力を目の当たりにした人々は戦うことをあきらめた。

 

 甲子園球場にはあらゆる方面の才能が集められた。どうすれば宇宙人に楽しんでもらえるのかまるでわからなかったが、何もしない訳にはいかなかった。コンサート会場をいつも満員にしているアーティストの歌と踊りが披露された。世界的に著名なオーケストラが見事な演奏を繰り広げた。オリンピックで感動を呼び起してくれた一流のアスリートたちが持てる能力を最大限に発揮して競い合った。観客動員数が歴代上位の映画やアニメーションが放映された。繰り広げられたイベントに対する宇宙人の反応は皆無だった。試みが虚しく失敗に終わったことを告げる沈黙がしばらく続いた。時折、宇宙船から柔らかな光が照射され、その光に包まれた人々が宇宙船の方へと重力に逆らって運ばれることがあったが、しばらくすると浮かない表情をして戻って来た。地球人が相手であれば存分に楽しめたに違いない各種のイベントが空振りに終わった後、今度はありとあらゆる美術品が世界各地の美術館から運ばれた。あらゆる名画、そして彫刻の数々。あのモナリザさえも甲子園球場に運ばれた。そしてまた宇宙船から照射される光が美術品を船内に運んで行ったが、しばらくするとすべて返却されてしまった。これだけの美術品が集まる機会は今までになかった。もし展示会であったならどの国で行ったとしても、本物の名画を生で見ようする人々が集まって来るに違いなかった。関係者はそう考えたが、彼らの運び込んだ作品が宇宙船から返却されてしまうと、皆、うなだれてしまうのだった。最後に仏教、キリスト教イスラム教の権威が集められた。経済活動と密接に関係したエンターテインメントや文化では到達できない精神的な高みに対して宇宙人が興味を持つかもしれないと考えられた。あるいは卓越した人格に対峙した時に宇宙人に精神的な変化が訪れ、地球に迫っている危機が回避できるかもしれないと考える者もいた。だが、いったんは宇宙船に運ばれた宗教の指導者たちも皆、うなだれて帰って来た。宇宙人は各々の宗教を理解できなかったのだろうか? その存在意義を認めようとしなかったということだろうか? 指導者たちはそうではないと言った。真理も悟りもすでに宇宙人と共にあることを指導者たちは認めた。彼は銀河の星々を訪れ、そこで大切にされている様々な価値に触れ、二千年も生き続けている。彼にとって百年も生きていない指導者たちは小さな子供のようなものだった。そして私たちの手は尽きてしまった。地球の文化的、あるいは精神的な価値をすべて差し出しても、彼を楽しませることはできないようだった。すでに二か月が経過していた。あと一か月で彼は死に、地球はこの宇宙から消えてなくなるのだった。

 

一人の少年が甲子園球場のグランドに立っていた。まだ十歳くらいの少年。どこから紛れ込んだのかはわからない。彼は空中に浮かぶ宇宙船に向かって叫んでいた。

「僕と友達になってください」

そうして彼は暖かなオレンジ色の光を浴びて宇宙船に運ばれていった。そしてしばらく戻らなかった。やがて一か月が過ぎた。少年は地上に戻された。そして宇宙船は去って行った。宇宙人は余命ギリギリになって地球を去ったようだった。地上に戻った少年に人々は尋ねた。宇宙船の中で何があったのか? 少年は宇宙人から聞いた冒険の数々を話した。宇宙人は少年相手にずっと自分の半生を聞かせていたようだった。宇宙人に何か聞かれたかと人々は問うた。少年は君の夢を聞かせてくれと言われたようだった。

「おじさんと同じように宇宙を駆け巡ることが僕の夢です。素晴らしい冒険をたくさん聞かせてもらえると思って、ここにやって来ました。ありがとうございました。僕はいつかおじさんのような素晴らしい冒険家になってみせます」

少年はそう答えたということだった。