壁の向こう側

 フラットアースを支持する地球平面派は動画サイトを利用して着実に支持を延ばしていた。十年前は六人に一人が信じていたフラットアースは今や四人に一人が支持するようになっていた。彼らの信じている地球の姿は以下のようなものであった。

・地球は北極を中心とし、外周を百メートル超の高い氷の壁に覆われた円盤であり、ドーム状の天蓋で覆われている。外周にある氷の壁が南極大陸である。

・太陽と月は同じくらいの大きさで直径は両方とも五十キロメートルである。

・太陽と月は両方とも地球から五千キロメートル離れた位置にあり、二十四時間かけて地球を一周している。地球は自転していない。

・地球に重力は働いていないが、常に上昇を続けており、それが重力とみなされている。

・宇宙は存在しない。惑星や星々はホログラムである。

 

 フラットアースを信じる人々は地球が平面であることを政府が隠しているのだと考えていた。地球が平面であることを隠す理由は二つあると彼らは主張していた。一つは地球が球体であることに伴って宇宙があると思い込ませることで、宇宙開発事業における莫大な予算を特定の人々が手にする仕組みを構築するのに役立っているのだという。もう一つは人々を信仰から遠ざけて経済を最優先事項とする価値観を植え付けるためなのだという。世界は神様がお創りになった。動物も、植物も、地球も、太陽も、月も、星々も。だから人間の住む地球が世界の中心であるに違いないと彼らは考えていた。そんなことは非科学的であると理性ある人々は盛んに訴えたが、フラットアース支持者は次第に増えて行った。本当はどっちでも良いと思っている人が案外多いのかもしれなかった。それに地球が球体であると実感できる機会なんてほとんどない。やがてフラットアース支持者が国民の三人に一人になると、いずれの政治的勢力も無視できないようになった。政治的にも経済的にも力をつけてきたフラットアース派は、独自の軍隊として地球平面軍を設立した。それを牽制する現政権との小競り合いが続いた後、地球平面軍は地球軍に対して独立戦争を挑んで来た。

 

 地上での戦いは熾烈を極めた。地球軍の高高度爆撃機を迎撃するため、地球平面軍は新たに高高度迎撃機を開発した。地球平面軍のパイロットは不安を覚えていた。このままでは、やがて地上を覆う天蓋に達してしまうのではないかと彼は考えていたのだった。だが、いくら高度を上げても天蓋には達しなかった。きっと天蓋はもっと高いところにあるのだろうと彼は考えた。彼もまた、地球が球体であることが実感できなくてフラットアースを指示するようになった一人だった。戦闘のさなか、彼は上空から大陸を眺めていた。そこには地図で見た通りの世界が広がっていた。地平線は少し丸みを帯びているような気がした。

「このまま飛び続けたら地の果てに辿り着けるのだろうか?」

そんな考えが一瞬、彼の脳裏をかすめた。

「地球の周囲は南極の氷の壁で覆われていると聞いたが、その向こう側はどうなっているのだろうか? その壁の向こうには何があるのだろうか?」

戦闘中にもかかわらず、彼は気になって仕方がなかった。地上に張り付いて暮らしている限り、そんなことはどうでも良かった。確かめようにも手段がなかった。だが今は、その手段を持っている。そして彼は好奇心を押さえることができずに南極へと向かった。彼の乗った戦闘機が戻って来ることはなかった。その後も彼と同じように戦闘中に南極を目指すパイロットが続出したが、一機も戻って来ることはなかった。地球平面軍は航空戦力の大半を失うことになり、独立戦争に敗北した。