グレイ型の宇宙人

 グレイ型の宇宙人が、ある日突然、アパートにやって来た。子供くらいの背丈で頭が異常にでかい。吊り上がった細い目をしている。鼻は低くて、穴が縦に長い。全身、灰色で服は着ていない。靴も履いていない。口はあるが、何か食べているところを見たことがない。

「君は何処から来たの?」

六畳間の真ん中、こたつの向かいに座っている宇宙人に話しかける。服を着ていないので寒いのかもしれない。いや、寒いのなら服を着ればいいのにと思う。宇宙人は窓の外を指さしている。あっちの方角に彼の母星があるのかもしれない。でも地球は常に自転しているから、その方角が宇宙の何処か一点を指し示すことにはならないような気もする。『オリオン座のある方角から来ました』というような回答がもらえたらと思っていたが、よく考えてみれば星座や恒星の名前は地球人が勝手にそう呼んでいるだけであって、彼にとってはオリオン座もベテルギウスも聞いたことのない名前に違いない。

「君はどうして服を着ていないの?」

ちょっと質問を変えてみる。アダムとイブがそうであるように、人は寒さを凌ぐためというよりは羞恥のために服を着るようになったのだ。常夏の島の住人だって、局部を覆い隠している。高度な文明を発達させた宇宙人に羞恥心がないわけがない。それなのに彼は裸でいる。体毛はない。汗もかかないようだった。

「そんなことはどうでもいいか。じゃあ本当に聞きたいことを聞こう。君は何をしにここにやって来たの?」

何のためにはるばるここまでやって来たのか。もしかしたら地球を侵略しようとしているのかもしれない。生命が存続するには過酷な環境の多い宇宙の中で、瑞々しい宝石のように輝くかけがえのない地球という存在。それはこの太陽系の中の他の惑星やその衛星と比べても際立って美しい。その星を手に入れるためにやって来たのかもしれない。だが、それにしてはあまりに無防備だった。それにこんな質素なアパートでこたつにあたっている場合ではないだろう。あるいは友好のためなのだろうか? 見知らぬ星への好奇心を抑えきれないとある星の王様が親書をしたためた。彼は特使としてその親書を携えて遥々ここへやって来たのかもしれなかった。だが親書は何処にあるのだろう? 親書どころか彼から何も聞いていない。でもなんとなくそうではなさそうだった。彼はカゴに積まれていたみかんを一つ手に取った。そしてみかんの真ん中に親指を突き立てて穴を開けると皮を剥き始めた。食べるのだろうか? そう思って期待していたが、彼は皮を剥いたみかんをこたつの上に置き、じっと見ているだけだった。まるで観察しているようだった。もしかしたら彼は研究者なのかもしれなかった。見たこともない珍しい動植物を求めて、宇宙を旅しているのかもしれなかった。

「何か目的があるということでもないのか?」

ふとそう思った。私たちはいつも動機や目的を知りたがっている。人気絶頂の芸能人が浮気をしていたのは何故か? 数十人の犠牲者を出すに至った放火殺人事件はどうして引き起こされてしまったのか? 何か聞く度にその理由を知りたがる。そして芸能レポーター精神分析医といったその道の専門家に何かしらの説明を与えてもらってなんとなく納得する。そして次のニュースを探す。その動機は何か? 目的は何か? ずっと知りたがっている。それは宇宙人についても同じことだった。

『侵略が目的に違いない』

『いや、そうではなくて友好のために訪れている』

『実はすでに宇宙連邦ができていて、地球人が連邦に参加するに足る資質を備えているかずっと監視を続けている』

『政府の許可を得て、人間や家畜をアブダクションして研究している』

いつも何かもっともらしい説明を求めていた。

「本当は理由なんてないのかもしれないね。僕らはただ生きているだけだ。風に舞う葉っぱと同じだ。そうだよね。理由とか、目的とか、そんなことを問い詰められても困るよね?」

そう言ってみたら、グレイ型の宇宙人が少し笑ったような気がした。