AI百景(16)ニューロインタフェース

「考えるだけでコンピューターや携帯端末を操作できるようになります」

そのメリットを享受するため脳にチップを埋め込む人々が増えていた。そのチップは神経系とコンピューターをつないでいた。生体認証用に埋め込むチップがすでに普及していたこともあって、抵抗は少ないようだった。たいした痛みもなく一時間くらいで埋め込みは終わるということだった。

「考えただけで車椅子を動かせるようになりました」

先天的に障害を持つ人、あるいは後天的に障害を負ってしまった人にとっては特に朗報だった。レバーを操作する必要もなく、そこに行きたいと思うだけでスムーズに移動することができた。失ってしまった腕の代わりにロボットアームであらゆるものを掴むことができた。それは違和感のない新しい手足だった。

「文章の作成もスムーズにできるようになりました」

指先でキーボードや画面を操作することが苦手な人たちにとっても朗報だった。コンピューターや携帯端末のアプリケーションはすぐにニューロインタフェースに対応して、考えた結果を即、画面に表示していた。操作するという感覚がなくなり、必要とする情報や視聴したいコンテンツをすぐに映し出すことができた。

「今まで以上に臨場感のあるゲームを体験することができます」

一番多くユーザーを獲得したのはやはりゲームだった。ヘッドマウントディスプレイを装着してあとは考えるだけでゲームの世界に没入することができた。面倒なコントローラーを操作する必要はなかった。現実世界を超えるスピード感と臨場感のある世界がそこに広がっていた。そして脳にチップを埋め込み、ニューロインタフェースを使うことが当たり前になった。

 

「今日はなんだかカレーが食べたい気分だな」

午後三時を過ぎ、仕事が一段落した時に鈴木はふとそんなことを考えた。カレーなんてもう半年以上食べていなかった。今日に限ってどういう訳かカレーのことばかり気になっていた。あの店のカツカレーはおいしかったな。何年も前に食べた食感が急に蘇って来た。サクッとしたカツに香辛料の効いたルーをかけてスプーンですくって口に運ぶ。スパイスの香りがする。歯ごたえのある肉を咀嚼すると、そこにルーが絡み合って、絶妙なハーモニーを醸し出す。鈴木は思い出しただけでよだれをたらしそうになった。

「今日は定時で切り上げて、あの店に行こう」

鈴木は定刻になるのが待ち遠しかった。

 

「あの候補者が気になる。なんだかとても誠実な感じがする」

選挙の投票日を明日に控え、佐藤は考えていた。誰に投票しても結果が変わるものではない。そう思って、もう何年も選挙に行っていなかった。なぜ今回に限って、選挙のことが、しかも特定の候補者のことが気になるのか自分でもよくわからなかった。投票権を行使しないと社会はよくならないに違いない。自分はやっとそのことに気付いたのかもしれない。これからはちゃんと投票に行こう。佐藤はそう思った。

 

「ニューロインタフェースは双方向の通信です。他のインタフェースと同じように」

埋め込みチップとそのインタフェースを開発した企業の幹部が大物政治家と料亭で酒を酌み交わしていた。

「ちょっと落ち目だがカレーチェーン店を運営している会社の株を買ってみた。勢力を拡大して行くにはまだまだ金が必要だ」

「承知しております。目立たない程度にあの店のカレーが食べたくなるように埋め込みチップに信号を送っています。それに刺激されて本人はカレーが食べたくなってしまいます。それは逆らい難い欲望となって本人の意識に立ち上がります」

「補選の方も今回は絶対に落とせない。私の派閥の候補者が立候補しているからね」

無党派層の多い地域です。そこに住んでいる有権者に向けて、推薦されている候補者の誠実なイメージを送っています。本人は自分の気持ちの変化に気付くことなく、投票することになると思います」

「それはとても助かる」

「今後ともお引き立てのほど、よろしくお願いいたします」

「埋め込みチップで随分と儲けているくせに、欲深いやつだな」

「それはお互い様というものです」

「なんだとこの野郎? でも当たっているな。ハハハハ」

それから二人はニューロインタフェースを用いた次の計画について打ち合わせた。朗らかな笑い声が夜遅くまで響き渡っていた。