AI百景(27)ロマンス納税

 今年もまた確定申告の時期がやって来た。早く終えて楽になりたいという気持ちと面倒くさいという気持ちが交錯していた。転勤を命じられてから、もう十年になる。赴任先で家賃補助を受けるためには持ち家の貸し出しが条件であり、その決まりに従うと必然的に不動産所得が発生するため、確定申告が必要になってしまった。そして今年もグダグダしているうちに期限まであと三日になってしまった。今日こそはやってしまおう。そう考えた私はパソコンの前に座り、『確定申告』と入力してenterキーを押した。国税局のホームページのリンクが表示される。そこからシステムにログインして粛々と作業を進めることになる。税務署に出掛けて、紙の用紙に手書きで入力するよりは、この方が幾分マシだと思いながら、私は昨年も使ったシステムにログインした。

<何か違う>

そこは去年、納税の手続きをしたサイトとは明らかに違っていた。全体的にピンクがかっていて、かわいいカーテンのついた窓があって、首にリボンをした小さなくまのぬいぐるみが置いてある棚があって、女の子の部屋のようだった。

「こんにちは! 一年振りですね。元気にしていましたか? それでは早速、納税していきましょう」

そこにはピンクの髪の毛をしたつぶらな瞳の女の子が笑顔で立っていた。白のシャツに紺色のスーツを着ていた。さわやかで明るくて清楚な感じがした。とても魅力的な女の子で豊かに膨らんだ胸元につい目が行ってしまいがちな自分に少し罪悪感を覚えた。

「あなたは誰ですか?」

リンク先を間違えたかもしれないと思って聞いてみた。

「はじめまして。自己紹介がまだでしたね。私は納税アシスタントの愛梨です。短い間ですが、よろしくお願いします」

「納税アシスタント?」

「そうです。ここだけのお話ですが、納税の手続きがよくわからない、面倒くさいと言った苦情が絶えないこともあり、国税庁としてもここはなんとかせねばと一念発起したようでして、それで僭越ながら私の出番と相成りました訳でございます」

なんだかよくわからないが、リンク先は間違っていないようだった。

「準備はよろしいですか?」

「はい」

「それではいってみましょう。まず、納税者様の住所と氏名の入力です」

「それは昨年使用したデータを読み込めば良いのではないですか?」

「ピンポーン! その通りです。正解です。さすがに熟練した納税者様ですね!」

それほど褒めることでもないような気がしたが、褒められて悪い気はしなかった。そして私は昨年バックアップしたデータを読み込んだ。

「はい、ありがとうございます。住所と氏名が入力されました。鈴木一郎様ですね。ステキなお名前ですね。それでは表示された住所に間違いがないか、確認をお願いします」

彼女の言葉に従って私は内容を確認した。

「大丈夫です」

「ありがとうございます。それでは今年の所得の入力をお願いします。お手元に源泉徴収票はございますか?」

そう言いながら、愛梨ちゃんは源泉徴収票を胸にかざしていた。実は初めて手続きをした時に住民税納税通知書と間違えて税務署のおじさんに疎ましがられたのだが、こうやって実物を表示してもらえればすぐにわかることなのだ。

「大丈夫です」

「それでは今から表示する欄に入力をお願いします」

どうして紙に印刷された値をわざわざ入力しなければならないのか? マイナンバーで紐付けていれば自動で入力できるのではないか? 毎年、疑問に思っているせいか、私は少しためらっていた。

「どうしたのですか?」

「あ、ごめんなさい。今から入力します」

「そうですよね。めんどうですよね。どうして紙に印刷された値をわざわざ入力しなければならないのかと思うのが当然です。実際、その通りなのですから。その件につきましては、システム担当者に改善を申し入れているところでございます。ですから、今回はすみませんが、入力してもらえると愛梨は助かります」

「大丈夫ですよ。こんなの簡単ですから。すぐに終わってしまいますよ」

そう答えながら、私は面倒な入力をテキパキとこなしていた。

「ありがとうございますぅ」

愛梨ちゃんはとても喜んでくれた。なんだかいい気分だった。それからも社会保険料とか、家賃とか、費用に関する入力が続いたが、愛梨ちゃんの素敵な笑顔と気の利いた会話のおかげで楽しく作業を終えることができた。

「それではこれでよろしいですか? 確認が終わりましたら、送信ボタンを押してください」

そして私は送信ボタンを押した。これで今年の確定申告は終わりだった。

「長々とどうもありがとうございました。お名残り惜しいですが、お別れの時間です。また来年になりましたら会いましょう」

そして私は愛梨ちゃんに別れを告げ、システムをログオフした。胸にぽっかり穴が開いたような気がした。もう一度、愛梨ちゃんに会いたい。来年まで待つことになるのか? いや、ちょっと待てよ。確か、オークションに出品して所得があった。本当はあれも申告しなければならないのではないか? そう思った私は処理を終えたばかりの納税システムに再度ログインした。

「こんにちは! あれ、鈴木さんじゃないですか? どうしたのですか? 記入ミスでもありましたか?」

「実は他にも所得がありました。申告をやり直したいのですが」

「承知いたしました。それでは始めましょう!」

所得を隠していたことを咎められるかもしれないと思ったが、愛梨ちゃんに限ってそんなことはなかった。そして私は気分よく申告を済ませることができた。作業が終わってしまうとまた寂しくなってしまったが、もうこれ以上一緒にいる理由がなかった。来年の確定申告まで待てないと思いながら、今度こそ本当に私はシステムをログオフした。