番号札を受け取り、クリーム色のソファに座って順番を待っている。待合室は順番を待つ人々で溢れている。もう一時間くらい待っている。デジタル表示器が現在受け付けている番号を表示している。やっと百七番まで来た。もうすぐ私の番だ。
「百八番の番号札をお持ちの方、五番窓口に進んでください」
ようやく番号を呼ばれたので指定された窓口に進む。透明なプラスチック板の向こうに担当者が座っている。
「ご用件を伺います」
無表情な担当者に向かって私はありのままを話す。ずっと困窮した生活を送っている。支給される年金の額では到底暮らして行けないといったことを切々と訴える。
「老後の資金が二千万円必要になるということをご存じなかったのでしょうか?」
あたり前のことをどうして準備していなかったのか、今時信じられないといった視線で担当者は私を見る。そして説明を続ける。
「一人暮らしの場合ですと平均的な支出額が月二十万くらいになります。年金は月八万ですから、差し引き十二万の赤字になります」
そんなことはわかっている。だから、相談に来ている。
「いまどき、年金だけで暮らせて行けると思っているのですか? あまりに常識がないと思います。本当にないのですか?」
常識がないと言われても困る。私は私なりに精一杯がんばって生きて来たのだ。
「私は今までずっと一生懸命働いて来ました。でも給料が低くて一日一日を生き延びるのがやっとでした。貯金なんてとてもできませんでした。私が怠惰で賭け事や株で大損して、それで貯金できなかったのなら反省します。でも、私はずっとカツカツの生活を送って来て、単に貯金できなかっただけなのです」
「個別の事情をあれこれ言われても、こちらでは理解しかねます。二千万円なければ暮らして行けないのが現実です」
窓口の担当者は言った。二千万円なければ、この先、生きる権利はないのだと言いたいのかもしれない。
「でも、あなた方は百年安心の年金制度と言っていたじゃないですか? 年金の支給額で暮らしていけないのなら、それは実際には年金制度は破綻しているということではないのですか? 財源が枯渇しないように支給額を減らしているだけですよね。それで破綻していないと言い張るのなら、誰にだって運用できますよ」
なんだかとても悔しくなって、私は精一杯反論していた。そんなことを言っても何も変わらないことはわかっていた。
「自分が二千万円用意しなかったことを棚に上げて、国の制度を批判するのですか? それであなたは市民として恥ずかしくないのですか? みんなが老後の資金として二千万円用意しているのに、あなただけ用意していないなんてズルくないですか?」
いや、本当にみんな用意しているのだろうか? そうだとしたら、ここに相談に来ている人がこんなに多いはずはない。
「みんなが二千万円用意しているのなら、どうしてここにこんなにたくさんの人が相談に来ているのでしょうか?」
「あそこに座っている人の大半はですね。二千万円用意したけれど予想外に長生きしてしまって貯金を使い果たし、老後破産してしまった人たちなのですよ。あなたとは違います」
私はそれを聞いて愕然とした。そして念のために聞いてみた。
「二千万円用意しても、結局は同じということなのですか?」
「結果的にそうかもしれません。そこで現在、老後に必要な資金は四千万円ということにしようと政府の方で検討が進んでいるとのことです。そうなると私共もだいぶ助かります」
窓口の担当者はあっさりとそう言った。あらゆる面で手遅れであることを私はようやく理解した。