ゾンビ対吸血鬼

 世界中の強豪を集めての「嚙みつき対決」はいよいよ終盤に差し掛かり、準決勝の好カード「ゾンビ対吸血鬼」を迎えていた。「どちらが勝ってもヤバくない?」という観衆の熱い視線が闘技場の中央でにらみ合いを続ける二人に注がれていた。

「ゾンビに噛みつかれた吸血鬼はゾンビになってしまうのか?」

「吸血鬼に噛みつかれたゾンビは吸血鬼になってしまうのか?」

解説者も非常に困惑していた。「映画ではこの設定はあり得ないです」と厳しい表情で語っていた。ゴジラ対コングとか、エイリアン対プレデターはあっても、ゾンビ対吸血鬼はあり得ない。噛みついて仲間を増やすという点で完全にキャラが被っている。だがこうして二人が相まみえる機会が実現してしまった。これはこれでたいへん興味がそそられる状況と言える。もしも同時に噛みついたら、どうなるのか? その可能性は十分ありそうだった。

 

 闘技場中央で対戦相手を見据えながら、ゾンビは考えていた。自分はいつも噛みつく側であった。まさか噛みつかれるケースがあるなんて考えてもみなかった。だが、遭遇したことのないリスクがあるからと言って、この戦いが避けられようか? 噛みつかれるのが嫌だから逃げて来ました。そんなことを言った途端、ゾンビはゾンビでなくなってしまうような気がした。ただひたすら前に進むことが私たちゾンビの強みなのだ。逃げるなんてあり得ない。ゾンビがそんなことを考えている間、吸血鬼もまた思案を巡らせていた。噛みついた相手が吸血鬼になる。これはつまりウイルス的なものが噛みついた相手に注入されて、そのウイルスによって細胞が変異するということに他ならない。私はそういうメカニズムだと信じている。ゾンビ化するというのも同じ仕組みなのだろうか? そうだとすると噛んでからは互いのウイルスの戦いになるのかもしれない。吸血鬼がそんなことを考えていると、慎重に見えたゾンビがいきなり襲い掛かって来た。ちくしょう。こらえ性のないやつめ。やはり知性という面では吸血鬼の方が上に違いない。逆に知性に欠けている分、ゾンビの方が思い切りが良いのかもしれない。ゾンビの一撃は吸血鬼の胸元をかすめた。長く伸びた鋭利な爪が、吸血鬼のスーツとシャツを切り裂いた。破れたシャツに血が滲んだ。なかなかやるな。そう思って吸血鬼も必殺の蹴りを繰り出した。蹴りはゾンビの頬をかすめた。もう知性がどうとか言っていられない。私たちは戦う宿命にあるのだ。そして死闘が始まった。

 

 制限時間いっぱいになっても、互いに技ありも有効もとれなかった。指導は一回ずつ受けていた。まったくの互角だった。両者ともよく戦ったが、引き分けとなった。五分間の休憩が与えられた。その後は時間無制限の延長戦だった。その時、場内から歓声が上がった。隣の闘技場で行われているもう一つの準決勝の勝者が決定したようだった。勝ち名乗りを受ける決勝進出者の姿を見て、ゾンビも吸血鬼も震撼していた。

「げっ、あいつが決勝の相手なのか?」

「無理だ。あんなやつに勝てるはずがない」

ゾンビも吸血鬼も明らかに戦意を喪失していた。そして二人とも延長戦を棄権して会場を立ち去ってしまったため、この時点で金メダルが確定した。あっけない幕切れであった。表彰台の中央にはメダルを齧ってすっかり有名になったK市長が立っていた。そして授与されたメダルにさっそく噛り付いていた。