捨て猫を拾った忍者

 森を抜けると目的地はすぐそこだった。重要な任務だったが何とか無事に役割を果たせそうだった。背負い箱の中を気にしながら、樹上を駆け抜ける。箱の中には我が伊賀一族の命運を左右する大切なものが入っている。これを無事に本部に届けることが私に課せられた使命であった。息を潜めながら次の木へと飛び移る。一瞬、地上に注意を引き付けられる。今、草を踏む乾いた音がした。追手か? いや、追手がそんな音を立てるはずがない。そうすると森に棲む獣であろうか?

「みぁー」

鳴き声がする。木の上から声のする方を慎重に伺う。敵の罠やもしれぬ。

「みぁー」

いや、どう考えても猫だろう。案の定、そこには小さな三毛猫がいた。まだ子猫のようだ。なぜこんな森の中に猫がいるのだろう。捨て猫だろうか?

「みぁー」

でも、かわいい。この胸に抱きしめてみたい。幸い近くに敵の気配はない。少しだけならいいだろう。もしもの時は可哀そうだが、置いていくしかない。そう決めた私は素早く行動を起こす。瞬時に猫のいる地面に達し、片手で猫を抱き上げると胸の中にしまい込み、またすぐに樹上に飛び移り、木々の中に紛れ込む。しばらくすると森は何事もなかったかのように静寂を取り戻す。

「みぁー」

胸元で猫が鳴いている。つむらな瞳でじっとこちらを見ている。お腹が空いているのかもしれない。いや、その前に水か? 私は竹筒のふたを開け、くぼめた手の平に水をため、猫の方へ差し出す。手のひらにたまった水を猫はざらついた舌ですくって飲んでいる。

「みぁー」

あー、かわいい。物心ついた頃からずっと戦場を駆け巡って来た。戦いに明け暮れてすっかり荒んでしまった私の心を、この小さな生き物は隅々まで癒してくれる。今日はなんていい日だろう。

「うぐっ」

背中に衝撃を受ける。手裏剣か。鎖帷子をつけているので傷は深くはない。敵が近付いていたのか? わからなかった。油断していた。すぐに場所を変えねばならない。私は素早い動作で樹上を移動する。うまくいっただろうか?

「みぁー」

「うぐっ」

今度は足を攻撃された。かすり傷だが出血がある。場所を変えたのに敵には私の位置がわかるようだ。なぜだ?

「みぁー」

「うぐっ」

また背中に手裏剣をくらった。やはり、猫の鳴き声のせいだったか。急いで猫を手放さないとやられてしまう。短い間だったが、心が癒されたことに感謝する。だが、相変わらず猫はつむらな瞳でじっと私の方を見ている。いや、だめだ。この子を置いていくなんて私にはできない。

「みぁー」

「うぐっ」

度重なる攻撃に耐え切れず、私は地面に落下した。深手を負ってしまった。反撃もできそうにない。

「貴様程の手練れが、猫一匹でやられるとはな」

力なく地面に倒れている私をあざ笑う敵の声がした。

「黙れ! 私は、戦うことしか頭にない貴様ら甲賀者とは違う。一匹の子猫に心を癒されることだってある。最後にやさしい心に戻れて満足だ。さあ殺れ!」

だが、私の言葉を聞いて敵はにやにやしていた。

「死ぬ前にひとつ教えておいてやろう。お前が大事そうに抱えているそれは決して猫などではない」

「なんだと?」

「そいつは我が甲賀が最先端の科学技術を駆使して開発した対伊賀用猫型ロボット三毛ちゃんだ」

「対伊賀用猫型ロボット三毛ちゃん?」

「長年の研究により、貴様ら伊賀者が猫を溺愛していることはわかっていた。まんまと引っ掛かりよってバカ者め。何がやさしい心だ」

「おのれ、卑怯な」

「なんとでも言え。猫なんぞを弱点に持つ貴様らが悪いのだ」

怒りが頂点に達していたが、なんとか冷静さを取り戻さなければならなかった。私は負ける訳にはいかないのだ。そして私は背負い箱を開けた。この場を切り抜けるにはこうするしかなかった。背負い箱の中から柴犬が飛び出した。それも幼犬だ。

「こ、これは?」

敵は自分の中の何物かと必死に戦っているように見えた。だが、しばらくするとこらえきれなくなったのか、愛らしいその生き物を強く抱きしめていた。

「そこだっ!」

無防備な敵を目掛けて私は渾身の力で手裏剣を放った。それは敵の楔帷子を貫き致命傷を与えた。敵は虫の息だった。

「ちくしょう。最後に油断してしまった。これはいったい何なのだ?」

「これか? 運が悪かったな。ちょうど私は本部にこれを届けるところだったのだ。対甲賀用犬型最終兵器マメシバ。貴様らが犬を溺愛していることは随分前から研究済だったのだ」

マメシバ・・・おのれ卑怯な・・・」

そういいながら敵は息絶えた。