私はレッド。戦隊のリーダーを務めている。メンバーは私以外にブルー、イエロー、ピンク、グリーンの四人がいる。私たちは警察や自衛隊では対応できない危険でやっかいな事案を扱っている。互いの背を預け、何度も死地を切り抜けて来た者同士が持つ強い信頼関係で結ばれている。メンバーの命を預かるリーダーとして私の責務は極めて重大である。仲間の命を第一に考え、冷静で的確な判断を下し、あらゆる困難に対して勇敢に立ち向かっていかねばならない。
昨日も悪の秘密結社ダークとの激しい戦闘があったばかりだった。私たちは持てる力を最大限に発揮して、今回も奴らの野望を打ち砕くことができた。そしてその後、勝利を祝うべく事務所に集まってささやかなパーティを開いたのだった。いつも命を賭けて戦ってくれているメンバーへのねぎらいという意味合いが強かったが、メンバーの方がやけに私に気を遣ってくれてグラスが空くということがなかった。それで飲み過ぎてしまったらしい。気が付くと事務所のソファに寝そべっていた。窓を見るとカーテンの向こうから温かな光が射し込んでいた。どうやら朝を迎えてしまったようだった。しばらくの間、ぼんやりと光の中を漂う微粒子の動きを追いかけていたが、ふと、左手に何か巻き付いていることに気が付いた。銀色のリングがぴったり手首に巻き付いている。これは何だろう? 表示器がついていて数値が少しずつ減っている。これはダウンカウンターだ。時計ではない。そして四桁のデジタル表示の示す値は確実に減り続けていた。これはもしかして時限爆弾? いや、そんなことがあり得るだろうか? やがて四桁のデジタル表示がちょうど六十分になった。その時、リングから音声が聞こえた。
「残り六十分で爆発します」
爆発しますということは、やはり爆弾に違いない。早くなんとかしなければならない。その時、事務所の扉が開き、ブルーが部屋に入って来た。
「おはようございま~す。リーダーはいつも早いですね」
ブルーは言った。いや、今日は早く来た訳ではない。事務所で一夜を明かしてしまっただけだ。それより、この腕の爆弾をなんとかしなければならない。
「あれ、リーダー。なんか腕につけていますね。ウェアラブルデバイスですか? それとも戦闘用の新兵器ですか?」
いや、そうではない。
「あのさ」
「何ですか?」
「これ爆弾みたいなんだけど」
「ええ~」
ブルーは驚嘆の眼差しで私を見ていた。それはそうだろう。爆弾を身に着けた人が目の前にいる機会はそうそうない。
「爆発するんですか?」
「多分」
そんなこと私も知らない。だが、先ほど音声が『残り六十分で爆発します』と告げた。本当かどうかはわからない。だが、爆発すると仮定して取り組まざるを得ない。そういうものだ。
「おはようございます」
今度はイエローが入って来た。こいつらはだいたい始業開始の五分前にそろってやって来る。そんなぎりぎりに来なくてもいいのにといつも思っている。続けてピンクとグリーンも来た。これで、いちおうメンバーが揃った。
「ちょっとみんな、大変なことになってしまった。リーダーの腕に時限爆弾が仕掛けられたらしい」
「ええ~、大丈夫なんですか?」
大丈夫なわけがないだろう。無駄口を叩いている間にもデジタル表示値は着実に数を減らしていた。
「残り五十分で爆発です」
再び、音声が周囲に響いた。
「なんとかして解除しなければなりません。今、検索してみましたが、爆弾は液体窒素で凍らせてしまうのが良いそうです」
ブルーがインターネットで調べた結果について話してくれた。液体窒素は地下の実験室に保管してあるはずだ。何と言っても私たちは戦隊だ。大抵のものはすぐに用意できる。
「でも、手首にしっかり巻き付いているから、凍らせたらリーダーの手首も一緒に凍ってしまう。それだと凍傷になって腕を切断することになってしまう」
「腕一本で命が助かるなら安いんじゃない?」
いつの間にか、私の腕を犠牲にするかしないかを彼らは議論していた。
「リーダー、腕がなくなってもいいですか?」
「絶対に良くないと思います」
そりゃそうだろう。あたり前のことを聞かないで欲しい。まだ、時間はある。腕を失くさなくても良い方法はきっとあるはずだ。
「こういうのって映画だと赤と青のどちらかを切ればいいんですよね。でも、ただの銀色のブレスレットにしか見えないですね。なんとかして導線が見れないかな」
そう言って、グリーンが私の腕に巻き付いているリングを触っていた。突然、銀色の覆いが外れて、中にある導線が露わになった。導線は赤と青だけではなく、赤、青、黄、緑、桃の五色あった。何故かメンバーそれぞれのカラーが揃っていた。
「どれを切ればいいでしょうかね?」
「緑かな?」
グリーンが言った。
「黄色が良い」
イエローが言った。
「桃かも」
ピンクが言った。
「いや、やはり赤と青のどちらかだろう。きっと青だ」
ブルーが言った。みんな自分のカラーだと言っているだけだった。
「残り三十分で爆発します」
爆弾のデジタル表示値は着実に減り続けていた。もう三十分、無駄にしてしまった。
「でも、どれか切ったら助かるって、普通はそんなふうに爆弾を作らないよね?」
まったくその通りだ。それにいったい私に爆弾を仕掛けた動機は何なのだろう。これはやはり悪の秘密結社ダークの仕業なのだろうか? 奴らが世界征服を遂げるには、我々は邪魔で仕方がない存在なのだ。
「とりあえず、計測器を使って、電気が通っているか調べてみよう。グランドを切ってしまえば問題ないかもしれない」
さすがブルーだ。いいことを言う。どれを切ったらいいかとか勘で決めるのではなく、もっと科学的に物事を考えねばならない。それからしばらくの間、ブルーは検電器を使って調べていたが、手掛かりはつかめないようだった。
「残り二十分で爆発します」
無駄に時間を使ってしまった。どうすれば良いだろう。某アニメで、体内の気を練り上げて対象を内部から破壊するという技を見たことがある。あの技が使える人がいたらなぁ。そんな空想をしている間にも時間は過ぎ去って行った。仕方がない。液体窒素で凍らせるしかない。腕は切断しなければならなくなるが、命を失うよりはマシだろう。
「時間もないので液体窒素で凍らせることにする」
「リーダー、腕が無くなってしまいます」
「仕方がない」
それから私たちは実験室に向かった。
「リーダー、液体窒素がありません」
ブルーが言った。そんなバカな。しっかり在庫管理していたはずだ。どうしてこの緊急事態にそんなことになるのだろう。
「残り十分で爆発します」
もう時間がない。どうすれば良い? 腕を切り落とす? どうやって? そんなことをしている時間はない。
「とりあえず、みんな逃げてくれ! 私からできるだけ離れてくれ!」
私はそう言った。巻き添えを食わせる訳にはいかない。
「リーダーを置いてはいけません」
メンバーは目に涙をためていた。
「私は会議室に籠る。みんなはできるだけ遠くに逃げてくれ」
「残り五分で爆発します」
合成された音声が私たちを嘲笑うかのように告げた。
「もう時間がない。早く行ってくれ。みんな今までありがとう。お前たちと一緒に戦えて俺は幸せだった」
メンバーの誰一人として立ち去ろうとしなかった。彼らは泣いていた。いや、違う。なんかにやにやしている。デジタル表示の残り時間は一分を切った。そして数値は減り続け、やがてゼロになった。爆発する。いや、何も起こらない。これはどうしたことだろう。しばらくゼロを保持していたデジタル表示にはいつの間にか文字が流れていた。
「いつもごくろうさまです。これからもがんばりましょう」