イケメンの飼い方

 イケメンは香りに誘われて集まって来るとお父さんに聞いた。私はお父さんに野生のイケメンがよく出現するという海岸に連れて行ってもらい、砂浜に落とし穴を仕掛け、ずっとイケメンが現れるのを待っていた。私はイケメンを誘い出すために、いろいろな香りを用意して来た。柑橘系の香り。ココナッツ系の香り。フローラルシャンプーの香り。イケメンも個体によって好みが分かれているらしい。どれでもいいから当たればいいな。私はそう思いながら、じっと待っていた。随分長い間、待っていた。こくりこくりと私は居眠りを始めてしまった。その時、大きな音がして、はっと目が覚めた。落とし穴を見てみるとイケメンが手足をバタバタさせていた。

「わぁー、イケメンだ。イケメンを捕まえた。これ、うちで飼っていい?」

お父さんに聞いてみた。

「飼ってもいいけど、結衣がしっかり世話をするんだぞ」

お父さんは快く返事をくれた。

 

 イケメンを飼うのは、動物を飼うのよりもずっと大変なことだった。何と言ってもイケメンはきれい好きだった。不潔なイケメンなんかいる訳がなかった。私は毎日、イケメンに水浴びをさせてあげた。それからイケメンはスタイルを気にしていた。引き締まった身体を維持するための運動を欠かさなかった。ここまで徹底するものかと私は感心していた。腹筋が割れていて、マッチョと言ってもいいくらいだった。私は週に一度、散歩の帰りにイケメンをジムに連れて行ってあげた。イケメンはキラキラ光る汗をかきながら、走ったり、重いダンベルを上げたりしていた。それからイケメンは歯並びを気にしていた。確かに真っ白な歯を見せながら笑うイケメンの歯並びが悪かったとしたらすべて台無しになってしまうかもしれなかった。私は月に一度、歯医者さんにイケメンを連れて行った。歯医者さんは歯並びと歯茎の状態を入念にチェックしてくれた。それからイケメンの習性に合わせて、備品を用意する必要があった。私はイケメンのために、壁ドン用の壁と顎クイ用のマネキンの頭部を用意してあげた。イケメンは暇になると壁ドンや顎クイをしていた。それは鳥が飛んだり、魚が泳いだりするのと同じように、イケメンの遺伝子に深く刻まれた習性のようだった。そうやって私は一生懸命イケメンを育てた。イケメンもすっかり私になついて、私が合図すると壁ドンや顎クイをしてくれるようになった。いつまでもイケメンと一緒だといいなと思った。でも大きくなったイケメンは野生に帰さなければならないのだよとお父さんに言われた。私はとても悲しくなった。

「それがイケメンにとって一番幸せなことなんだよ

お父さんは諭すように私に言った。

 

 お父さんの車で海岸まで連れて来てもらった。季節外れの海岸には誰もいなかった。砂浜にはただ波が打ち寄せるだけだった。私はイケメンの入ったかごの扉を開けた。イケメンは何が起きたのかよくわからないという表情をしながら外に出て来た。そして楽しそうに砂浜を駆け回り始めた。さらさらした髪が風に揺れていた。真っ白な歯が光っていた。打ち寄せる波の音が繰り返し聞こえて来た。

「もうお別れしなくちゃならないんだ。さようなら」

私はそう言ってお父さんの待つ車の方へ駆けて行った。私が乗るとお父さんがエンジンをかけた。そしてゆっくりと走り出した。窓の外を見るとイケメンが悲しそうな顔で追いかけて来るのが見えた。イケメンらしくない必死な形相をして追いかけてきた。その姿を見ると心が痛んだ。もう生き物は飼いたくないと思った。

「きっとイケメンもわかってくれるさ」

お父さんが言った。

 

 あれから十年が過ぎた。十八歳になった私は友達と海に来ていた。そして海の女王コンテストにエントリーしていた。ちょっと悪ふざけが過ぎたかな? でも一生の思い出になるから。入賞できるとは思わないけど、そんな気持ちでワクワクしていた。司会者が入賞者を発表していた。まずは海の王子様コンテストの発表だった。イケメンだったらきっと優勝間違いなしだな。私は昔のことを思い出していた。

「それでは優勝者を発表します」

そこには素敵な男性が立っていた。えっ? もしかして? 私が以前飼っていたイケメンにとても似ていると思った。

「素敵な人ね」

友だちが言った。海の王子様に続いて海の女王様の発表があった。私たちはかすりもしなかった。これが現実というものだと思った。そしてコンテストは終了した。私たちは浜辺に戻り、肌を焼いていた。

「柑橘系の香りがあなたにとても似合っていますね」

声のする方を見ると海の王子様が白い歯を輝かせながらそこに立っていた。

「お忘れかい?」

海の王子さまは私の顎をクイと持ち上げた。

「イケメン・・・」

私はうっとりしながら、イケメンの瞳を見ていた。それは感動の再会だった。

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