お父さんの仕事

「僕のお父さんは東北地方にある原子力発電所で働いています。原子力は危ないから火力発電の方がいいと言う人もいます。けれども火力発電で使う石油はいつかなくなってしまいます。お父さんはみんなが安心して電気を使えるように毎日がんばっています。僕はそんなお父さんが大好きです」

教室が不用意な発言に対する不信感に満たされるのがわかった。あなたは何もわかっていないのねという視線で先生が僕を見ていた。

「聡くんのお父さんが遠くの原子力発電所で働いているのはわかりました。それは私たちの暮らしを支える上でとても重要なことだと思います。一方で今までに世界各地で原発事故が起きていることもまた事実なのです。そして原発の恐ろしいところは一度事故を起こしてしまうと容易には復旧できないところです。ですから私たちはよく考えてみなければならないと思います。たとえば風力発電太陽光発電といった環境にやさしいエネルギーの割合を増やして行った方が良いのではないかといったことです」

先生がそう言うと、皆、満足したようだった。誰もが、そうだ、そうだという顔付きをしていた。

「おい、放射能

「みんな神崎に近寄ると被爆するぞ!」

お父さんの仕事を作文にして発表してから、僕には放射能というあだ名がついた。自然と調和しないという理由で原発が歓迎されないのと同じで、私という異質な存在をクラスは歓迎していないのだと思った。

 

「お父さん。原子力発電所って安全なの? 放射能が漏れたりしないの?」

久しぶりにお父さんが帰って来た時に聞いてみた。

放射能が漏れたら、原爆を落とされた広島や長崎みたいに人がたくさん死んでしまって、人が住めないようになってしまうんじゃないの?」

僕はインターネットで原爆について調べていた。原爆の恐ろしいところはその強力な破壊力だけではなくて、爆発後も目に見えない放射能が残るということだった。そのことを知らずに街を離れずにいた人たちが放射線障害でたくさん亡くなったということだった。もし原子力発電所で事故が起きてしまったら、放射能が漏れてとてもたいへんなことになりはしないかと思うと僕はとても怖かった。

「大丈夫だよ。そういうことにならないようにお父さんたちがちゃんと安全に原発を動かしている。原発は大きな地震があっても壊れないようにできている。災害で発電所に供給される電源が喪失しても自家発電に切り替えて安全に原子炉を停止するように設計されている。不測の事態が起こらないように二重三重の安全策が設けられているんだよ。聡は心配しなくてもいい」

お父さんは僕の目をじっと見つめながら、ゆっくりと穏やかに説明してくれた。お父さんの言っていることは僕には少し難しかったけれども、その目を見ているとなんだかとても安心できた。

「学校で何かあったのか?」

お父さんは少し心配そうにしていた。

原発は危ないって言う人がたくさんいるんだ。僕はそういう人たちを安心させたいと思っているんだ」

あだ名のことは言わなかった。

「そうか。人間というのは自分の知らないことは怖がるものだからな。今度、原子力発電所の安全性について書かれたパンフレットを持って帰るよ。聡たちにはちょっと難しいかもしれない。それを見てわからないことは聞いてほしい」

そうだ。お父さんの言う通りだと思った。僕がきちんと理解していれば、みんなにも上手く説明できたかもしれなかった。お父さんはとても大切な仕事をしている。みんなのためになる仕事をしている。先生やみんなにわかってもらうには、まず僕自身がしっかり勉強しなければならないと思った。

 

 事故が起きたのは、それからまもなくのことだった。テレビには事故を起こした原子力発電所が映し出されていた。白い煙がもうもうと立ち込めていた。時々、小規模な爆発が起こり、その都度、建物の一部が吹き飛ばされていた。そこに人影はなかった。火災であれば消防車が駆け付けて、一斉に放水して鎮圧にあたるだろう。消防隊員が忙しく現場を駆け回っているだろう。でもそこで起きている事故は消防隊が鎮圧できるものではなかった。消防隊も自衛隊も無理だった。人間が食い止めることのできない事故が少しずつ進行して行くのを僕たちは指をくわえてじっと見ているしかなかった。画面が切り替わった。半径五十キロ以内には近寄らないでくださいとアナウンサーが繰り返し叫んでいた。付近の住民には避難勧告が出ていた。急いで避難する人たちの姿が映し出されていた。小さな子供の姿もあった。想定を超える津波による浸水で自家発電設備が動かなくなってしまって、原子炉を冷やすことができなくなっていますと専門家が言っていた。このままでは炉心融解が起きてしまいます。そう言って表情をこわばらせていた。

「お父さんはあそこにいるの?」

僕は不安になって母に聞いた。そこは父が働いている原発に違いなかった。父がここにいたなら、思いっきり文句を言いたいところだった。お父さんの言ったことは全部嘘じゃないか? 二重三重の安全策で重大な事故が起きないようにしていると言っていたのは全部嘘じゃないか? みんな原子力発電所から逃げているじゃないか? 小さな子供が泣きそうな顔をしているじゃないか? テレビを見て感じたことを全部、お父さんにぶつけたかった。でも父はここにいるのではなく、テレビが事故を伝えているまさにその現場にいるのだった。母はそっと私を抱きしめた。心配になって父の携帯に電話をしたが、連絡が取れないと言っていた。母の瞳から涙が溢れ出ていた。

 翌日、父の会社の人が二人、家を訪ねて来た。事故で父が亡くなったことを知らせに来たのだった。

「申し訳ございません」

会社の人はずっと頭を下げていた。母は呆然としていた。謝ってもらっても仕方がないと思った。

「神崎主任は最後まで炉心融解を止めようとしていたようです」

会社の人も泣きながら話していた。炉心に近く、遺体も回収できないということだった。父はずっとそこで放射能を浴び続けていた。

「二重三重の安全策が設けられているんだよ」

あの時の父の言葉がいつまでも虚しく私の中で繰り返されていた。

 

「このロボット犬を使えば、放射線の飛び交う中でも瓦礫の撤去が可能です。制御基板は鉛で遮蔽しており、容易なことでは壊れないはずです」

予算獲得のため、VIPの集まった会議で私は復旧計画の説明をしていた。在学時代から研究していたロボットを使ってメルトダウンした原子炉から放射性物質を撤去するのが目的だった。

「未だかつて人類はメルトダウンした原子炉を復旧させたことがない。そう簡単に行くものかどうか?」

「今、やらなければいつやるのですか? これまでだってずっと何もできないで十年以上そのままじゃないですか?」

「神崎君! それは委員の皆さまに対してちょっと失礼な物言いです」

「失礼しました。言葉が過ぎました」

どうしてこう決められない人たちばかりなのだろう? 私は少しイライラしていた。失敗したなら、その原因を取り除いてもう一度チャレンジすれば良いだけじゃないか? そう思っていた。

「自信はあるのかね?」

「大丈夫です。私の開発したロボットには二重三重の防御構造が設けられています。容易なことでは壊れたりはしません」

そう言いながら、ちょっと嘘が混じっているかもしれないなと思った。きっと親譲りなのだろう。そう思いながら、私はあの事故があってから今までのことを振り返っていた。お父さんを救い出すまで、あともう少しだった。

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