エネルギー供給問題

 原子力発電。経済活動で必要なエネルギーを賄うために存在するエネルギー供給手段。火力発電よりも安価になエネルギーを供給できると言う人もいる。だが、原子力発電所は事故が起きなくても数十年で廃炉にしなければならない。それでも安価なのだろうか? 稼働中に生成されてしまった放射性廃棄物は、地中に埋めて千年単位で貯蔵しなければならない。それにかかる費用も含めて安価なのだろうか? 数十年しか稼働させることができないのに、千年の管理が必要になるのは割に合わないような気がする。千年間の管理費用はどれくらいかかるのか実際のところ見当もつかない。それでもやはり安価なのだろうか? どうもそういう気がしない。石油はいつか枯渇するので、安定的なエネルギー供給を実現するには原子力発電が必要であると言われて来た。風力発電太陽光発電というものはそもそもパワーが足りない。確かにそうだ。石油や石炭というのは太陽が地球に注ぎ続けたエネルギーを数億年の歳月をかけて凝縮したものであって、太陽光発電のようにちびちびとお湯を沸かす程度のエネルギーとは違う。数億年の貯金を一気に放出する強力なエネルギーなのだ。そして原子力発電というのは、質量そのものをエネルギーに変えるという極めて自然の行為に反する物理現象を引き起こすことで、化石燃料に負けないパワーを実現している。それなのにどういう訳だが「安全です」「安全です」「二重、三重の防御で固めています」と言っている。結局、安全でなかったことはあの悲惨な事故が物語っている。でもそういうことを言っていると、それでは安定的な電力の供給をどのようにして実現するのかとか、政府の政策に従わない者は反日思想を持っているに違いないとか言われることになってしまう。電力の供給が止まれば、経済が立ち行かなくなる。そればかりか多くの死者が出ると言われている。経済を支える先端技術の作り出す製品も、暑さから人を守る冷房設備も、人の命を守る医療機器も、すべて電気で動いている。医療機器が止まって直接的に命を落とす人もいるし、暑さで死んでしまう人もいるし、経済が立ち行かなくなって職を失うことになり自死を選んでしまう人もいる。電力というのは人の命に直結している。だから千年先のことなんて知らないという意見もわからなくはない。今、電力がないとどうにもならない。

 

「もしもし、どうかしたのですか?」

「君は誰?」

「僕は燃えるウランちゃん235ですよ」

「燃えるウランちゃん?」

「そして僕は燃えないウランちゃん238です」

「燃えないウランちゃん?」

「僕たちは似ているけど少し違うのです」

「ちょっと難しいかもしれないけれど中性子の数が違うのです。陽子の数は同じだよ」

陽子の数が同じなら、同じ元素になる。陽子の数が同じでも中性子の数が違う同位体がある。そんなことを習ったような気がする。頭の中に昔習ったメンデレーエフの周期律表が浮かぶ。ウランはずっと先にある。とても重たい元素だったはず。

「僕たちは似ているけど、燃えるウランちゃんと燃えないウランちゃんの違いはわかる?」

「えっ?」

「燃えるウランちゃん235だけだと原子爆弾になっちゃうんだよ」

「連鎖反応が起きて制御ができなくなるということだね」

原子爆弾? 連鎖反応?

「燃えないウランちゃん238は中性子の捕獲率が高くて、結果として燃えるウランちゃん235の核分裂反応を妨げることになるのですね。原子炉では中性子の量を調節して、原子核反応を制御するのです」

「なるほど」

なぜだかわからないが、私の前には子供の姿をした燃えるウランちゃん235と燃えないウランちゃん238がいた。女の子のようだった。いや、確信はない。私には女の子のように見えたのは確かだった。

原子爆弾は、燃えるウランちゃん235が八割、燃えないウランちゃん238が二割で作られていました。一度、核分裂反応が起こると、その時に中性子が発生して、その中性子が次の反応を引き起こします。これを連鎖反応と言います。原子爆弾というのは制御を失った核反応なのです。一度に高いエネルギーを発生させて、周りにあるものを壊滅させてしまうためのものだからね。原子炉はその反対です。少しずつ持続的に安定的に核反応を起こしてエネルギーを引き出しています」

彼女たちの役割は、啓蒙にあるようだった。国家を支える技術基盤に対して疑念を抱き、国策に反対するような輩を一掃しようとしているのかもしれない。彼女たちは、核分裂反応の安定的な制御と原子力発電所の二重、三重の安全性について、一時間あまり語り続けていた。

「どうでしょう。ご理解いただけましたか?」

「はい、よくわかりました。本日はどうもありがとうございました」

うやうやしくお礼を言うと、彼女たちはうれしそうに帰っていった。きっと次の訪問先があるのだろう。原発について疑念を抱いている人はたくさんいるのだ。

 

 彼女たちが去ってからしばらくして、ドーナツ状の頑丈で重たそうな構造をした物体が現れた。それも二体。これはいったい何だろうと思っていると声がした。

「今、ここに燃えるウランちゃん235と燃えないウランちゃん238が来ませんでしたか?」

「えっ、来ましたけど。どうしてそのことを知っているのですか?」

「まったく油断できない連中です。私たちは彼女たちが触れ回っている時代遅れの考え方に皆さんが騙されないよう注意を喚起するために、ここにやって来ました」

「そうですか。どうもご苦労さまです」

そうするとこの物体は人間なのだろうか? いちおう、名前を聞いておいた方が失礼がないかなと思って尋ねてみた。

「あの、失礼ですが、お名前を頂戴できますか?」

「名乗りもせず、どうも失礼しました。私は閉じ込めトカマクちゃんと申します。そして隣にいるのが封じ込めヘリカルちゃんです」

「封じ込めヘリカルちゃんです。どうもはじめまして」

いったい何なのだ。トカマク? ヘリカル?

「ご存じないのも仕方がありません。私たちの名前が一般の方に浸透しているとは、とても言えない状況です。ですが、確実に次の世代の電力供給を担う技術であると自負しています。私たちは核融合反応を実用化するためにこの世に生まれて来ました」

核融合反応ですか?」

「核のゴミを発生させてしまう核分裂反応とは根本的に違います。私たちはクリーンなエネルギーを作り出すために日夜努力を重ねているのでございます」

「クリーンなエネルギーですか?」

「そうです。核融合核分裂に比べてとてもクリーンなエネルギーの生成方法なのです。ですが、太陽の中で生じている核融合反応を地上で起こすためにはプラズマを安定的に作り出さなくてはなりません。太陽では巨大な重力でプラズマが安定的な状態にあります。地球の重力は太陽に比べると非常に小さいので同じことはできません。それで私たちは磁場を使ってプラズマを封じ込めようとしているのです」

その話は聞いたことがある。放射性廃棄物の出ない核融合の方がずっとクリーンなエネルギーであると。だが、核融合反応を起こすためには原子と原子を緊密な距離に接近させなければならない。そのためにはプラズマを安定的に保つ必要がある。プラズマの中では原子同士が接近できるのだ。

「閉じ込めトカマクちゃんは、磁場閉じ込めで中心ソレノイドコイルを持つ構造なんだよね」

「封じ込めヘリカルちゃんは、磁場封じ込めで超伝導磁石を持つ構造なんだよね」

いや、そんなこと言われても違いがわからない。それに「閉じ込め」と「封じ込め」はどう違うのだろうか? 単に同じ言葉を使いたくないのだろうか?

核分裂なんて、地球を汚す技術は早急に撲滅しなければなりません。核融合の実用化に向けて盛大なご支援をどうぞよろしくお願いいたします」

「はぁ、そうですか。わかりました。がんばってください」

「応援していただけるととてもうれしいです」

そう言って、トカマクちゃんとヘリカルちゃんは重たそうな鉄の頭を両手で支えながら去って行った。

 

 トカマクちゃんとヘリカルちゃんが去ってからしばらくして、三枚の羽根を持つ巨大な風車と、いくつもの太陽電池パネルを敷き詰めたソーラーアレイがやって来た。

「今、ここにトカマクちゃんとヘリカルちゃんが来ませんでしたか?」

「来ましたよ」

「やはり、そうでしたか、あんな実用化も危うい眉唾物の技術に騙されてはいけません。私たちはそのことを伝えるためにやって来ました」

「そうでしたか」

「名前は・・・」

風力発電の回れ風太くんと太陽光発電の輝けパネ子ちゃんではないのですか?」

「よくわかりましたね」

「ええ、なんとなく」