AIの決めた人生

 デビューから三十五連勝を飾った天才棋士の話題で持ち切りだった。プロになって二年しか経っていないのに、タイトル戦への挑戦が決まり、圧巻の三連勝で見事にタイトルを奪取した。その様子をずっとインターネットの中継で見ていた。対局の序盤はいつも拮抗していた。両者とも細心の注意を払って駒組をしていた。どの筋で戦いが勃発するのか、誰もが固唾をのんで見守っていた。盤を挟み、和服の対局者が画面の中央に映っている。右下には盤面の様子が映し出されている。そして右上から中央にかけてAIの弾き出した候補手が並ぶ。画面の最上部にはどちらが優勢か表示されている。序盤はどちらも五十パーセントで動かない。だが少しずつ天才棋士が有利になって行く。彼の差し手はAIの最善手とほぼ一致している。対してタイトルホルダーのベテラン棋士はAIの選んだ最善手とは違う手を指してしまうケースが時々あり、その都度、形勢は天才棋士に傾いて行く。そして中盤を過ぎると、もう逆転しようのない盤面がベテラン棋士を追い詰め、天才棋士が見事に勝利を収める。謙虚に将棋の奥深さを極めようとする天才棋士のコメントを聞いていると感心してしまう。でも中継を何度か見ているうちにふと当たり前の事実に気付く。AIは天才棋士よりも強い。そうするとAIは将棋というゲームの奥深さを極めているのだろうか? AIは盤面の変化をあらゆる分岐を踏まえて高速に計算して、相手の玉を討ち取るのに最も都合の良い手を導き出している。そうすると将棋の道を究めるというのは素早く計算するというだけのことなのだろうか? 道を究めるとか言っているが単純な話、AIに決定を委ねてしまえば良いことなのだ。道を究めた人間がAIに敵うことはないのだから。

 

 それは将棋に限ったことではなかった。パソコンやスマートフォンに表示される広告も、購入履歴や閲覧履歴を参照したAIがどの広告を出せば購入してもらいやすいかを素早く判断している。そしてパソコンの画面はいつしか、その人にとって最適な広告で溢れるようになっている。AIに決定を委ねた方が良い結果が期待できる。ゲームやビジネスだけではなくて、就職や結婚についてもAIに判断してもらった方が間違いが少ないだろう。あらかじめ用意された設問に回答することで性格が診断され、いくつかある類型のいずれかに分類される。そこに分類されたタイプの人にとって相応しい職業は何か? 相性が良い相手はどんな人か? すべてAIに判断してもらえる。独断で就職や結婚をすると、転職や離婚ということにもなりかねない。

 

「お父さんとお母さんはどこで出会ったの?」

五歳になったばかりの娘を寝かしつけていると不意にそんなことを聞かれた。

「友だちにお母さんを紹介してもらった」

本当はAIによるマッチングで候補に上がっていた写真を選んだだけだった。

「お母さんのどんなところが好きだったの?」

どんなところと言っても、AIが選んだ相手だから結婚した。それでずっとトラブルもなくうまくやっている。

「やさしいところかな?」

娘にはそう答えておく。

「ふーん。お母さん。いつも怒ってばかりでやさしくないよ」

「わかったから、もう寝なさい」

娘に言って聞かせる。子供は本当にかわいい。そう思いながら娘の質問を反芻している。どんなところが好きだったのだろうか? 何か運命的な出会いがあった訳でもなく、周囲の反対を押し切って結ばれた訳でもなく、地味に心から愛しているという訳でもない。相性は良いのだろう。そしてこのままトラブルもなく一緒に年を重ねて行くのだろう。やがて娘も大きくなって巣立って行く。その時に妻と二人きりになって私は何を考えるのだろう? 間違いは少なかったに違いない。離婚にはならずに済んでいる。でも死ぬ間際になってAIに判断を委ねたことを思い出して、やっぱり自分で決めた方が良かったと思うのかもしれなかった。